春秋花壇

神無月

「神無月」

旧暦十月、出雲大社では神々が集まるという。村の子どもたちは、この話を何度も耳にして育った。神無月の月、神々が出雲に集まり、何かを決定するために集会を開くのだと言われていた。そして、残されたのは人々だけ、神々がいない間、私たちがその土地を守り、日々を生き抜くのだ。

その夜、月はまんまるに輝き、秋風が冷たく吹き抜けていた。村の中央にある小さな祠を囲むように、火を灯した灯籠が並び、静かな祭りの準備が整えられた。祭りの日、村人たちは神々に感謝し、豊穣を願う。そして、出雲大社で集まった神々が、村の未来を決定すると信じていた。

私、ユウはその村の一員として、毎年この祭りに参加していた。だが、今年は少し違った。神無月の夜、私の心にはある不安が広がっていた。それは、父が言っていた言葉から始まった。

「神々が出雲に集まると言うけれど、今年は何かが変わるかもしれない。」

父は若い頃から、村の古老として知られる存在だった。どこか深い見識があり、村人たちもその言葉に耳を傾けることが多かった。しかし、今回の祭りに関しては、いつもと違う空気を感じていたのだ。

「神々は、人々の願いに応えてくれるものではないかもしれない。」父の言葉は、私の胸に重く響いた。

私はその夜、いつものように灯籠を灯し、祭りの準備を手伝っていた。しかし、祭りの開始時間が近づくにつれて、村の空気はいつもと違うものに感じられた。神無月の夜に集まるはずの神々の力が、この村の中に感じられない。まるで、神々が遠くに行ってしまったかのように感じられた。

「ユウ、神無月の夜には、神々が出雲に集まっているんだよ。」と、母が言った。

私は頷きながらも、心の中に浮かぶ疑問を抑えきれなかった。神々が集まるという出雲大社には、実際に何があるのだろうか。なぜ、神々は出雲に集まるのか。そして、私たちはなぜ、この祭りに参加するのだろうか。私の心の中に広がる疑念は、少しずつ大きくなり、そして答えを求めていた。

その夜、祭りの始まりを告げる鐘の音が響いた。村の広場に集まった村人たちが、手に手に持った灯籠をかざして歩き始めた。灯籠の明かりがゆらめく中、私は歩みを進めながら、ふと視線を上げた。空には大きな月が輝き、秋風が葉を揺らしている。出雲大社から遠く離れたこの場所でも、神々が私たちを見守ってくれているのだろうか。

そして、祭りが始まった。村人たちは神々に感謝の祈りを捧げ、豊穣を願った。その中で、私は父の言葉を思い出していた。

「今年、何かが変わるかもしれない。」

祭りが進むうちに、ふと私の目に映ったものがあった。それは、普段見かけない人物だった。年齢は私よりも少し上だろうか、髪の毛が長く、穏やかな目をしているその人は、祭りの間を静かに歩いていた。周囲の人々はその人を見て、誰もが一瞬立ち止まり、何か不思議な力を感じたような顔をしていた。

私はその人に目を向けると、静かに微笑んだ。その微笑みが、私の心の奥深くに何かを響かせた。そして、何かが突然私の中で閃いた。

「神々の力は、決して私たちのものではない。」

その言葉が、私の中で湧き上がった。その瞬間、私はその人物の背中に強く引き寄せられるような感覚を覚えた。私はその人物に近づき、足を止めた。

「あなたは、誰ですか？」私は思わず声をかけた。

その人物は、振り向いて私を見つめた。そして、静かに言った。「私は、神々の使いだ。」

その言葉に驚いたが、彼はさらに続けた。「神々が集まる出雲大社で、私たちは人々の願いを受け、何かを決める。しかし、あなたがたは、神々の力をただ求めるだけではなく、自分たちの力で未来を切り開くべきだ。」

その瞬間、私は神無月の意味を初めて深く理解した。神々が集まり、何かを決める夜。だがその力を受け入れるだけでなく、人々は自分たちの手で未来を切り開いていくべきだと。

「神無月は、神々の力だけではなく、私たち自身が未来を作るために必要な時間だ。」その人物はそう言い、静かに消えていった。

祭りが終わり、私は父の言葉を思い出した。「今年、何かが変わるかもしれない。」そして、私はその変化を受け入れる準備ができていることを感じた。神無月は、ただの祭りではなく、私たちが自分たちの力を信じ、新しい道を歩んでいくための始まりなのだ。

祭りが終わり、村の夜が静かに訪れる中、私は再び空を見上げた。神々が集まるその瞬間を感じながら、私は心の中で新たな決意を抱いた。