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山の芋うなぎ
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「山の芋うなぎ」
冬の初め、山里の寺に住む僧侶・良悟は、いつものように朝の読経を終えた。境内の隅には薄く雪が積もり、静けさに包まれている。村人たちがこの寺に食糧や燃料を持ち寄ることで、良悟の生活は成り立っていたが、近頃は物資が乏しく、米と少量の野菜での質素な暮らしを強いられていた。
「修行とは忍耐なり」
そう自分に言い聞かせながらも、良悟の腹はぐうぐうと鳴っていた。
ある日、境内を掃除していると、近所の農夫がやってきた。彼の手には、ふかふかの藁で包まれた何かがあった。
「良悟様、これを差し上げます。寒い冬を乗り切るのに役立つでしょう」
農夫が差し出した藁を解くと、中には一本の立派な山芋があった。
「おお、ありがたや。この山芋は心の糧ともなりましょう」
良悟は感謝し、山芋を台所に持ち込んだ。これをすりおろして汁にすれば、寒さをしのぐ栄養となるだろう。
その夜、良悟は山芋を調理しようとしたが、奇妙なことに気がついた。台所に置いておいた山芋が、わずかに動いた気がするのだ。
「……気のせいか」
良悟は首を振り、再び包丁を持ち上げた。しかし、また山芋がぴくりと動いた。まるで、意思を持っているかのように。
「何じゃ、この山芋は!」
思わず声を上げると、山芋が急に跳ね上がり、床に転がった。そして、驚くべきことに、それはぬらりと伸びてうなぎのような姿に変わった。
「山の芋が……うなぎに?」
良悟は目を見張った。そのうなぎは、厨房の隅から彼をじっと見つめ、言葉を発した。
「我は山の精霊。この世の奇妙を知りたいがため、山芋の姿をとっていたのだ。だが、食われてはたまらぬ」
良悟は、茫然と立ち尽くした。
「おぬし、山の芋だったのか?」
「そうだ。山の者がこの地上を旅するのに適した形が山芋であり、またそれが時にうなぎとなることもあるのだ」
良悟はしばし考えた。殺生戒を守る身として、生き物を傷つけることは避けねばならない。しかし、この奇妙な出来事が、ただの偶然であるとも思えなかった。
「さて、お前はこの寺で何を学びたい?」
良悟が尋ねると、山芋うなぎは答えた。
「人間の心の奥底を知りたい。人間の欲、苦しみ、そして喜びとは何かを探求したいのだ」
こうして、山芋うなぎは寺での修行生活を始めた。
それから数週間、山芋うなぎは良悟の説法を聞き、村人たちの苦悩に触れた。ある日、村人の一人が寺を訪れ、言った。
「良悟様、どうか息子の病を治していただけませんか? 薬代もなく困っています」
良悟はすぐに祈りを捧げ、病を癒す方法を考えた。しかし、良い案が浮かばない。すると、山芋うなぎが口を開いた。
「その薬の代わりになるもの、我が力で用意できよう」
山芋うなぎは泉の水を体で撫で回し、そこに小さな光を放った。その水を村人に与えると、息子の病は奇跡的に快方に向かった。
村人たちはその話を聞きつけ、次々と寺を訪れ、山芋うなぎに助けを求めた。
ある日、山芋うなぎは良悟に言った。
「人の苦しみは無限だ。それでも、人間たちは助け合い、笑い合うことができる。その姿に心打たれた」
良悟は微笑みながら答えた。
「お前はその姿で、何よりも人間らしい心を学んだのだな」
それからしばらくして、山芋うなぎは「山に戻る時が来た」と告げ、寺を去っていった。その後も、村人たちの間では「山の芋がうなぎになる」との伝説が語り継がれた。
あるはずのないことが起こる世の中――良悟はその不思議を胸に秘めながら、今日もまた祈りを捧げている。
冬の初め、山里の寺に住む僧侶・良悟は、いつものように朝の読経を終えた。境内の隅には薄く雪が積もり、静けさに包まれている。村人たちがこの寺に食糧や燃料を持ち寄ることで、良悟の生活は成り立っていたが、近頃は物資が乏しく、米と少量の野菜での質素な暮らしを強いられていた。
「修行とは忍耐なり」
そう自分に言い聞かせながらも、良悟の腹はぐうぐうと鳴っていた。
ある日、境内を掃除していると、近所の農夫がやってきた。彼の手には、ふかふかの藁で包まれた何かがあった。
「良悟様、これを差し上げます。寒い冬を乗り切るのに役立つでしょう」
農夫が差し出した藁を解くと、中には一本の立派な山芋があった。
「おお、ありがたや。この山芋は心の糧ともなりましょう」
良悟は感謝し、山芋を台所に持ち込んだ。これをすりおろして汁にすれば、寒さをしのぐ栄養となるだろう。
その夜、良悟は山芋を調理しようとしたが、奇妙なことに気がついた。台所に置いておいた山芋が、わずかに動いた気がするのだ。
「……気のせいか」
良悟は首を振り、再び包丁を持ち上げた。しかし、また山芋がぴくりと動いた。まるで、意思を持っているかのように。
「何じゃ、この山芋は!」
思わず声を上げると、山芋が急に跳ね上がり、床に転がった。そして、驚くべきことに、それはぬらりと伸びてうなぎのような姿に変わった。
「山の芋が……うなぎに?」
良悟は目を見張った。そのうなぎは、厨房の隅から彼をじっと見つめ、言葉を発した。
「我は山の精霊。この世の奇妙を知りたいがため、山芋の姿をとっていたのだ。だが、食われてはたまらぬ」
良悟は、茫然と立ち尽くした。
「おぬし、山の芋だったのか?」
「そうだ。山の者がこの地上を旅するのに適した形が山芋であり、またそれが時にうなぎとなることもあるのだ」
良悟はしばし考えた。殺生戒を守る身として、生き物を傷つけることは避けねばならない。しかし、この奇妙な出来事が、ただの偶然であるとも思えなかった。
「さて、お前はこの寺で何を学びたい?」
良悟が尋ねると、山芋うなぎは答えた。
「人間の心の奥底を知りたい。人間の欲、苦しみ、そして喜びとは何かを探求したいのだ」
こうして、山芋うなぎは寺での修行生活を始めた。
それから数週間、山芋うなぎは良悟の説法を聞き、村人たちの苦悩に触れた。ある日、村人の一人が寺を訪れ、言った。
「良悟様、どうか息子の病を治していただけませんか? 薬代もなく困っています」
良悟はすぐに祈りを捧げ、病を癒す方法を考えた。しかし、良い案が浮かばない。すると、山芋うなぎが口を開いた。
「その薬の代わりになるもの、我が力で用意できよう」
山芋うなぎは泉の水を体で撫で回し、そこに小さな光を放った。その水を村人に与えると、息子の病は奇跡的に快方に向かった。
村人たちはその話を聞きつけ、次々と寺を訪れ、山芋うなぎに助けを求めた。
ある日、山芋うなぎは良悟に言った。
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良悟は微笑みながら答えた。
「お前はその姿で、何よりも人間らしい心を学んだのだな」
それからしばらくして、山芋うなぎは「山に戻る時が来た」と告げ、寺を去っていった。その後も、村人たちの間では「山の芋がうなぎになる」との伝説が語り継がれた。
あるはずのないことが起こる世の中――良悟はその不思議を胸に秘めながら、今日もまた祈りを捧げている。
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