春秋花壇

くだものの王様 柿

「くだものの王様 柿」

暖かい秋の日差しが窓から差し込む中、奈央はキッチンで立ちすくんでいた。数日前からの風邪がまだ治らず、喉の痛みとだるさが続いている。病院で診てもらうほどでもないけれど、どこか心細い気持ちが残っていた。

そんなとき、テーブルの上に置かれた一袋の柿が目に留まった。つい先日、母がわざわざ田舎から送ってくれたものだ。「風邪をひいたときにはビタミンCが大事だから」と電話口で言われ、受け取った袋には、母の愛情が詰まったように感じられた。

奈央は小さいころから風邪をひくと、母が果物を切ってくれるのが常だった。オレンジ、リンゴ、イチゴ。季節ごとにその時一番の果物を選んで、栄養を摂らせようとしてくれたのだ。今、手元にある柿も、きっと同じ想いが込められているのだろう。

奈央は柿を一つ手に取ると、手のひらにずっしりとした重みを感じた。熟したオレンジ色の皮が光を受けて美しく輝き、まるでこの一つで病が癒されるかのように思えた。柿は果物の王様と呼ばれるほど、豊富な栄養が詰まっている。ビタミンCだけでなく、カリウムや食物繊維もたっぷり含まれているのだ。

キッチンに包丁を取り出し、奈央は慎重に柿の皮をむき始めた。風邪で体がだるいのもあって、少しずつしか進まない。でも、一つ一つ皮を剥くたびに、なんだか少しずつ元気が湧いてくるような気がした。

皮をむき終えた奈央は、柿を一口大に切り分け、ゆっくりと口に運んだ。果汁が口いっぱいに広がり、ほんのりとした甘さが心まで温めてくれるようだった。喉の痛みも和らぎ、何かが体の中で浄化されるような感覚がした。奈央は目を閉じて、柿の甘味をゆっくりと味わった。

「ああ、お母さんが送ってくれたんだなあ」

そう呟くと、ふと子供の頃の記憶が蘇った。風邪をひいて学校を休んだ日、母はいつも奈央のために果物を買ってきてくれた。母は、奈央が風邪をひくと家事の合間に奈央の額に冷たいタオルを当て、手を握りながら「早く良くなるといいね」と優しい声をかけてくれたものだ。その温もりが、今もどこか奈央の心に残っている。

奈央は食べ終えた後、ふと窓の外を眺めた。どこからか柿の葉が舞い落ちる様子が見えた。柿の木の葉は秋が深まるにつれて紅葉し、地面に落ちて土へと還っていく。その様子が、季節の移り変わりと、家族の愛情の流れを象徴しているように感じた。

奈央はふと思い立ち、スマートフォンを手に取って母に電話をかけた。コール音が鳴ると、すぐに母が出た。

「もしもし？奈央？具合はどう？」

「うん、大丈夫。送ってくれた柿、食べたよ。すごく甘くて美味しかった」

電話越しに、母が笑う声が聞こえた。その笑い声はどこか懐かしく、奈央の心を温かく包んでくれた。

「それは良かったわ。柿はビタミンCがいっぱいだから、風邪にもいいのよ。お父さんも昔はよく柿を食べてたものよ」

母の声に、奈央は思わず目頭が熱くなった。たった一つの柿が、これほど自分の心を癒してくれるとは思っていなかった。それは、ただの果物ではなく、母からの温かい励ましのように感じられたのだ。

電話を切った後、奈央は残りの柿を眺めた。少しずつ食べ進めるごとに、体のだるさも和らぎ、心が軽くなっていく気がした。風邪はまだ完全には治っていないけれど、この柿がある限り、きっとまた元気を取り戻せるだろう。

秋が深まる中、奈央は母の愛情を感じながら、静かに柿を味わい続けた。その甘さが、まるで自分の心を癒し、再び立ち上がる力を与えてくれるように思えた。