春秋花壇

山茶始開（つばきはじめてひらく）

第五十五候　立冬　初候

山茶始開（つばきはじめてひらく）

11月7～11日頃

山茶花が咲き始める

童謡にも歌われる山茶花の季節

時折吹く冷たい風にあでやかな
山茶花の花が揺れる
冬の訪れを予感させてくれる頃
花弁が一枚ずつ散る山茶花
道沿いの垣根を彩る
冬の風物詩


「山茶花の風」

11月の冷たい風が吹き、山茶花がそっと咲き始めた。道沿いの垣根に並ぶその花々は、冬の訪れを告げるように艶やかに揺れている。陽の光が徐々に弱まり、空気がピリリと張り詰める季節。人々は厚手のコートを身にまとい、肩をすぼめながら歩いている。

花咲は近所でも有名な庭師で、山茶花が咲き始めるこの時期になると、いつも花の手入れに余念がない。彼は、道沿いの垣根に植えた山茶花を一株一株丁寧に手入れし、その姿が近所の住人たちにも親しまれていた。山茶花が咲くと、人々は足を止め、ひとときの美しさに見惚れる。そして、風が吹くたびに花弁がひらひらと散っていく様子に、花咲もまた、冬の風物詩を感じていた。

ある日、彼の元に、小さな訪問者が現れた。小学三年生の少女、さやかだ。彼女は学校からの帰り道、花咲が垣根を手入れしている姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。「花咲さん、今年も山茶花がきれいですね！」

花咲は穏やかな笑みを浮かべて答えた。「ありがとう、さやかちゃん。今年もきれいに咲いたね。この山茶花たちは、毎年この時期になるとちゃんと花を咲かせてくれるんだよ。」

さやかは興味深そうに山茶花を見つめ、指先でそっと一枚の花弁に触れた。その柔らかな手触りと、淡い香りに、彼女は目を輝かせた。「花って、一枚一枚が違うんですね。なんだか、人みたいです。」

花咲はその言葉に感心し、優しく頷いた。「そうだね、花も人も一人ひとり違うんだ。でも、どの花もそれぞれに美しいし、役割があるんだよ。山茶花は冬の始まりを教えてくれる花だし、風に揺れて花弁が散ることで、春を待つ心も育んでくれるんだ。」

さやかは「なるほど」と言って、さらに興味を深めたように見えた。「じゃあ、山茶花も寒い冬を一緒に過ごしてくれるんですね。」

花咲は頷いた。「そうだよ。寒いけれど、その寒さの中で一生懸命咲いている。山茶花は強い花なんだ。」

その言葉を聞いたさやかは、少し寂しそうな顔をした。「私のおばあちゃんも、強い人だったんです。でも、去年の冬に亡くなっちゃった……おばあちゃんも、山茶花みたいに優しくて、強かった。」

花咲は少し驚きつつ、静かにさやかの顔を見た。彼女の小さな手が山茶花の茎をそっと撫でる様子に、深い悲しみと、幼いながらも強さが感じられた。

「おばあちゃんがいなくなって寂しいね。でも、きっとおばあちゃんは今も、さやかちゃんのことを見守ってくれていると思うよ。」

さやかは黙って頷いた。「そうですね……。おばあちゃんも、山茶花みたいに私を見守ってくれているかもしれません。」

その日から、さやかは放課後に時折、花咲のもとを訪れるようになった。彼女は山茶花の成長を見守りながら、おばあちゃんとの思い出を少しずつ話してくれた。花咲もまた、彼女の話に耳を傾け、その心を温かく受け止めていた。

やがて冬が深まり、山茶花の花弁は一枚ずつ風に舞い散るようになった。その姿は儚くも美しく、さやかはその度に「また来年も咲いてくれるよね」と、小さな声でつぶやいた。

花咲はその様子を見て、心の中でそっと祈った。さやかが大人になった時も、この道沿いの垣根で山茶花を眺め、あの日のおばあちゃんとの思い出や、冬の冷たい風に揺れる花々の美しさを感じられるように。そして、彼女がどんな困難に直面しても、この花のように強く、美しくあり続けてほしいと願った。

春が近づくとともに、山茶花の花もそろそろ見納めの時期を迎えた。ある日、さやかが最後の山茶花の花弁を見送るように、花咲と一緒に垣根の前で立ち尽くしていた。「また来年も、きれいな花を見せてくれますか？」

花咲は笑顔で答えた。「もちろんだよ、さやかちゃん。また来年も、君がここに来るのを山茶花と一緒に待っているよ。」

さやかは嬉しそうに頷き、静かに別れを告げた。そして、彼女が去った後も、花咲はしばらく垣根を眺め続けていた。風に舞う花弁が最後の一片まで散り終わるその瞬間まで、彼は目を離さなかった。

そして、花弁がすべて散り終わると、花咲は垣根に向かって小さくつぶやいた。「また来年も、よろしく頼むよ。さやかちゃんが戻ってくるその時に、君たちが一番きれいに咲いていることを願っている。」

冬の冷たい風が吹く中、花咲の願いを胸に、山茶花の垣根は静かに次の春を待ち続けた。