春秋花壇

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春秋花壇の約束

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「春秋花壇の約束」

11月の冷たい風が吹き始めたある日、人気のない住宅地にひっそりと立つ公園の片隅に、ひとつの花壇があった。この花壇は「春秋花壇」と呼ばれ、地域の人々が季節ごとに色とりどりの花を植え、愛情を込めて手入れしていた。春には鮮やかな桜草やチューリップが咲き、秋には菊やコスモスが風に揺れる。誰が始めたのかもわからない、地域の人たちが無言の約束で守り続けてきた場所だった。

その日、花壇の前で足を止めたのは、50代の女性、加奈子だった。ふとした思いで足を運んだこの場所で、彼女は幼い頃からずっと心の中に残っていた思い出に引き戻された。

加奈子がまだ小学生だった頃、花壇は当時近所に住んでいた老人の世話によって美しく保たれていた。彼は毎朝早くから水やりをし、日が落ちる頃には花の様子を見に来る。花壇を一心に手入れするその姿を、加奈子は毎日、興味深そうに眺めていた。そしてある日、勇気を出して声をかけたのだった。

「おじいちゃん、どうしていつも花を育ててるの?」

「そうだねえ、この花壇はね、春も秋も、みんなに楽しんでもらえる場所なんだよ。ここを通ると、誰もがふっと笑顔になれるだろう?」

加奈子にはその時、彼が話していることがすべて理解できたわけではなかった。ただ、毎日丹念に手をかけている花壇の意味が少しだけわかった気がして、嬉しくなった。その日から彼女も時折、一緒に花の手入れをするようになり、「春秋花壇」は加奈子にとって特別な場所となった。

しかし、時は流れ、加奈子もやがて大人になり、都会へと移り住むこととなった。何年も何十年も、故郷を離れて忙しい日々を過ごす中で、花壇のことも、あの老人のことも、次第に思い出の奥底にしまい込まれていった。

再びこの地に戻ることになったのは、彼女の人生に少しずつ空虚さが漂い始めた頃だった。仕事も一段落し、子供も成長して家を出て行った。ふと自分が何をしたいのかもわからなくなり、加奈子はひとり、故郷へ帰ることを決めた。そして、この日「春秋花壇」を訪れることで、再びあの頃の心の安らぎを取り戻そうとしていたのだ。

目の前に広がる花壇は、今も当時と変わらず季節の花が植えられ、色鮮やかに咲き誇っていた。「誰がこの場所を守ってきたのだろう」と思いを巡らせていると、ふと、花壇のそばでひとり黙々と手入れをしている年配の女性に気づいた。

「あの…、もしかして、ずっとこの花壇を守ってこられたのですか?」

彼女に話しかけると、女性は手を止めて微笑んだ。「いいえ、私はつい最近この地に引っ越してきたばかり。ここに越してきてから、この花壇のことを知ったんですよ。どうも、何十年も前からこの地域の人たちが代わる代わる花を植えてきたみたいですね。あなたもこの花壇に何か思い出があるのかしら?」

加奈子はゆっくりと頷いた。かつて一緒に花を植え、季節ごとの花を楽しんだあの日々が、昨日のことのように鮮明に蘇っていた。

「あの頃からこの花壇は、皆が楽しめる場所でした。ここを守るために誰かが手をかけていると思うと、なんだか懐かしくて…」加奈子は自分の胸にあふれる懐かしさと温もりに、しばらく話が途切れてしまった。

女性は、しばらく黙って彼女の話に耳を傾けたあと、にっこりと微笑んだ。「そうですか、あなたもこの花壇を守り続けた一人なのね。だったら、これからも一緒にこの花壇を守っていきませんか?季節ごとに花を植えることで、きっと未来の誰かに、私たちの想いが伝わるはずだから」

加奈子は、頷くしかなかった。再び「春秋花壇」を訪れ、花を植える日々が彼女の心を豊かにしていくような予感がしたのだ。そして、どこかであの老人も、同じ思いでこの花壇を眺めているのではないかとさえ思えた。

数日後、加奈子はホームセンターで秋植えの花の種を買い、早速「春秋花壇」に植える準備を始めた。彼女は慎重に土を掘り、種を一粒ずつ丁寧に植え付けていく。その作業は、不思議なほど心を落ち着かせてくれた。そして、手をかけて育てた花が来春にどのように咲くのか、期待と喜びが入り混じる感覚を久しぶりに味わっていた。

花壇に並べられた小さな芽を見つめながら、加奈子はそっと自分の胸に問いかけた。「また、ここで春の花が咲くころ、私は何を感じるのだろう?」

風に揺れる小さな芽は、まるで彼女の問いかけに応えるかのように静かに揺れていた。その瞬間、加奈子は確信した。彼女もまた、かつての老人のように、花壇を訪れる人々に喜びと安らぎを届ける一人になったのだと。

やがて春が訪れ、「春秋花壇」は加奈子が植えた花々で彩られた。彼女は花壇のそばで、通りすがりの子供や大人たちが足を止める様子を見守っていた。人々が笑顔を浮かべ、楽しそうに花を眺める光景は、まさに彼女が望んでいたものだった。そして彼女は心の中で、かつての老人と約束を交わしたように、これからもずっとこの花壇を見守り続けていこうと誓うのだった。








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