春秋花壇

最後の運動会

「最後の運動会」

空は澄み渡り、心地よい秋風が吹く運動会日和だった。校庭には色とりどりのテントが並び、子供たちが元気いっぱいに駆け回っている。観客席には、親や祖父母、そして兄弟たちが手拍子や声援を送っていた。

六年生の秋、運動会は最後の一大行事であり、僕にとっても特別な意味を持っていた。実は、家族は今日の運動会をとても楽しみにしているはずだった。けれど、父は仕事が忙しく、どうしても来ることができないと連絡が入った。父はいつも忙しく、行事に来られないことはもう慣れているはずだったが、今日ばかりは少し寂しさを覚えていた。

プログラムが進む中、僕は開会式から徒競走、リレーの順に出番をこなしていった。徒競走では懸命に走ったが、3位という結果に終わった。小さなガッカリ感が胸にあったが、母と妹の応援が聞こえると、それだけで気持ちは少し軽くなった。

そしていよいよ最後の競技、「大玉転がしリレー」の時間がやってきた。白組と赤組が各クラスごとに分かれ、巨大な白い大玉を校庭いっぱいに転がしていく競技だ。仲間と力を合わせ、ひとつの大玉をゴールへと導く。それは、クラス全員での協力が試される競技だった。

「みんな、がんばろう！」と、僕は仲間たちに声をかけた。今日は何が何でも勝ちたかった。父が見ていないからこそ、父に届くような記憶に残る一日にしたい、そんな思いが胸を熱くした。

笛の合図で大玉転がしがスタートした。最初の方はスムーズに進んでいたが、途中で誰かがつまずき、玉が斜めにそれてしまう。それでも、みんなで声をかけ合い、転がりかけた大玉を立て直した。

「いけ、いけ！」白組の声援が高まり、赤組も負けじと応援に力が入る。周囲の声援がひとつの大きな波となって、校庭を包んでいた。僕たちは懸命に大玉を押し、何度も転がってしまう玉を必死で立て直しながら進んだ。

ふと、スタンドの方に目をやると、予想外の光景が目に入った。そこには、忙しいはずの父が立っていたのだ。父はスーツ姿のままで、ネクタイをゆるめながらこちらを見つめていた。その姿を見た瞬間、僕は一瞬、足が止まりそうになったが、すぐに父の目が応援していると感じ、力が湧いてきた。

「みんな、もう少しだ！絶対に勝とう！」と声をかけ、再び玉を押し始めた。父の姿に驚きつつも、心の底から嬉しさがこみ上げてきた。父が見ている、それだけで僕は最高のパフォーマンスを見せたいという気持ちでいっぱいになった。

ゴールが近づくと、白組と赤組の接戦は白熱し、どちらが勝つか分からない状況になっていた。僕たちは最後の力を振り絞り、大玉をゴールラインへと押し込んだ。ゴールの瞬間、僕は思わずガッツポーズをしていた。白組の勝利だった。

息を切らし、胸が高鳴るのを感じながらふと父の方を見ると、父はゆっくりと拍手をしていた。その表情には、どこか誇らしげな色が浮かんでいたように見えた。僕は父に向かって大きく手を振り、胸の中で「見ててくれてありがとう」とつぶやいた。

その後、閉会式が終わり、片付けを済ませて校庭を後にする頃、父が僕に近寄ってきた。「頑張ったな、すごかったぞ。」と、父は僕の頭をポンと軽く叩き、少し照れたように微笑んだ。その言葉だけで、僕は父の忙しさの中でも自分を応援しに来てくれたことに感謝の気持ちでいっぱいだった。

運動会の夕暮れ時、僕は父と一緒に歩きながら、今日のことを心に刻んだ。