春秋花壇

秋の衣をまとう山

「秋の衣をまとう山」

紅葉の季節が訪れると、山は美しくその姿を変え、秋の衣をまとっているように見える。私は今年もこの紅葉を眺めるため、山奥の小さな宿に足を運んでいた。この宿は、山裾の村にひっそりと佇む一軒家で、訪れる人も少ない隠れた名所だった。何年もここに通い詰めている私にとって、この宿と山の景色は心を整える場所であり、静寂と癒しの象徴だった。

宿に着き、荷物を置くとすぐに外へ出た。山道を少し登った先に見晴らしの良い岩場があり、そこからの景色はいつ見ても息をのむ美しさだ。山々は赤や黄色、橙色に染まり、それぞれの木々がまるで絵画の一部のように際立っている。空気は冷たく澄んでおり、風が吹くたびに木の葉がささやく音が耳に心地良く響いた。

ふと、遠くの山影に人影が見えた。山装うこの季節には、多くの登山客が訪れるものの、この場所はそこまで有名ではないため珍しい。人影に目を凝らすと、それは年配の女性だった。山の中腹にたたずむ姿は、どこか寂しげでありながら、紅葉と共に自然に溶け込んでいるかのようだった。

気になった私は、その女性の元へと歩み寄った。彼女は私の気配に気づくと、穏やかな微笑みを浮かべた。その顔には深い皺が刻まれており、それでも瞳には輝きがあった。まるでこの山の木々が年輪を重ねたかのような存在感を持っていた。

「こんにちは、素敵な場所ですね。」と私が声をかけると、彼女は静かに頷いた。

「この山にはね、昔からよく訪れるの。もう何十年も通っているわ。」

彼女の口から語られる言葉には、どこか懐かしさと温かみがあった。彼女もまた、山と共にその年を重ねてきたのだろうかと私は思った。

「若い頃、ここで主人と出会ってね。それからずっと、二人でこの山に紅葉を見に来ていたの。私たちの小さな年中行事みたいなものだったわ。でも、主人は数年前に先に旅立ってしまって、それからは一人で来るようになったのよ。」

その話に胸が締めつけられるような思いがした。彼女にとって、この山は愛する人との思い出の場所であり、共に過ごした時を静かに思い出すための場所でもあったのだろう。彼女が紅葉の山に見入っているその横顔は、哀愁と同時にどこか満ち足りているように見えた。

「お一人で来るのは…寂しくありませんか？」私はふとそんなことを尋ねた。

彼女は少し考えるようにして、首を横に振った。

「寂しいこともあるけれど、紅葉を見るとね、主人と一緒にいる気がするの。不思議でしょう？葉が散り、また春になれば緑が芽吹く。その繰り返しを見ていると、彼もどこかで変わらずにいるんだって、そう思えるのよ。」

彼女の言葉には、時間の流れの中で得た静かな悟りのようなものが感じられた。人が生まれ、出会い、別れ、そしてまた新しい季節が巡る。そのサイクルの中に身を置くことが、彼女にとっての癒しだったのかもしれない。

やがて、彼女は私に「この山、ずっと大切にしてね」と告げて、小さな微笑みを残しながら、山道を下っていった。紅葉の季節には、一人でこの場所を訪れる彼女の姿がまた見られるかもしれない。彼女にとって、この山はただの景色ではなく、生涯を共にした人との想いを繋ぎ続ける場所なのだろう。

彼女が去った後、私はまた山を見渡した。風が吹き、木の葉がざわめきながら、まるで彼女の愛しい記憶を守るように揺れていた。