春秋花壇

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菊晴れ

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菊晴れ

秋の風が肌を撫で、空は澄み渡る青さを見せていた。庭先には菊が咲き誇り、白や黄色、紫の花びらが秋の陽光に輝いている。今日は、祖母の初盆のために実家へと帰省していた。家族全員が集まり、久しぶりに顔を合わせると、懐かしい笑い声があちらこちらから響く。

「今年は菊晴れだな」と、父が縁側に座りながらぽつりと呟いた。

「菊晴れ?」と、私はその言葉に興味を抱いた。父は小さな笑みを浮かべ、空を見上げながら続けた。

「秋晴れのことを、昔はそう呼んだんだ。ちょうど菊の咲く頃の晴れ渡った日を、菊晴れって言うんだよ」

父の言葉に耳を傾けながら、私はゆっくりと庭を見渡した。祖母が大事に育てていた菊の花々が、まるで祖母の代わりに微笑んでいるかのように咲き誇っている。この家には、いつも祖母の手入れが行き届いていた庭があった。私は小さな頃、よく祖母と一緒に庭仕事を手伝ったものだ。祖母はとても丁寧に、そして愛情を込めて花を育てていた。それが祖母の生き方そのものであり、毎年この菊の季節になると、必ず思い出す光景だった。

「おばあちゃん、菊が好きだったもんね」と、私が呟くと、母が隣からそっと微笑んだ。

「そうね。菊はおばあちゃんの大切な花だったから、きっと今も天国で見守ってくれてるわ」

私はそっと菊の花を手に取り、その香りを嗅いだ。少し甘く、そしてほのかに漂う秋の匂いが、心に染み渡る。祖母が亡くなってから初めての秋、この家はまだ祖母の気配を感じさせるようだった。祖母は生前、庭の手入れを欠かさず、毎年この菊の咲く頃になると、家族みんなで集まって花を楽しむのが恒例だった。

「おばあちゃん、今年も菊がきれいに咲いたよ」と私は心の中で語りかけた。声には出さなかったが、祖母の笑顔がどこかで微かに感じられる気がした。

初盆のために準備されたお供え物が並び、家の中は静かに厳かな雰囲気に包まれている。お坊さんがお経を唱え、家族全員が手を合わせた。私は目を閉じ、祖母のことを思い出していた。幼い頃、何度も繰り返し聞いた祖母の昔話や、庭で一緒に過ごした時間。時には厳しく、でもいつも優しかった祖母。彼女の存在が今でも私の心の中に深く刻まれていることを感じる。

「おばあちゃん、今も見守ってくれてるかな?」と心の中で問いかけると、外から風が吹き抜け、菊の花々がそよそよと揺れた。

「きっと、喜んでるさ」隣に座る父が、私の心を見透かしたかのように言った。

お経が終わり、祖母の位牌の前で一人ずつ手を合わせた後、家族は再び庭に出た。秋の日差しは暖かく、菊の花々が一層美しく輝いている。私は少し離れた場所で、ひとり静かに菊の花を見つめていた。

「菊晴れの日には、何か特別なことが起こるのかな?」と、ふと思った。

その時、ふわりと秋の風が吹き、私の髪を優しく揺らした。まるで、祖母がそばにいるかのような感覚に包まれる。胸の中に温かさが広がり、私はそっと微笑んだ。菊晴れの日に、祖母の思い出が一層鮮やかによみがえり、心が穏やかになっていく。

夕方になると、空は一層深い青に染まり、菊の花々はその静かな光を受けている。日が沈むにつれて、少し肌寒くなり、私は上着を羽織った。家族が帰宅の準備を始める中、私は最後にもう一度、庭に立ち止まって菊の花に目をやった。

「また来年も、きれいに咲くといいな」と思いながら、私は心の中で祖母に感謝の言葉を捧げた。菊晴れの穏やかな秋の日、祖母との大切な思い出は、これからもずっと私の心に咲き続けるだろう。

家に帰る道すがら、再び風が吹き抜け、菊の香りがほのかに漂った。まるで祖母が見守ってくれているような、そんな優しい秋の日だった。









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