春秋花壇

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「畑のキャビア」とんぶり

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「畑のキャビア」とんぶり

秋が深まり、空気が少し冷たくなってきた頃、祖母の家に久しぶりに訪れた。茅葺き屋根の古い家は、田舎の風景に溶け込んでいる。玄関を開けると、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。

「おかえり、久しぶりだね」と祖母が笑顔で迎えてくれた。

その日、祖母は「とんぶり」を作っていた。とんぶりは、祖母の故郷で「畑のキャビア」とも呼ばれているホウキグサの実を加工した食品だ。小さな黒い粒が、キャビアのように見えることからその名がついたという。小さい頃から何度も食べていたけれど、都会での生活が長くなると、いつしかその味を忘れてしまっていた。

「さあ、これを食べてみて」と、祖母は小鉢に盛られたとんぶりを差し出した。炊きたてのご飯の上に、ぷちぷちとした黒い粒が乗っている。その見た目だけで、記憶の底から懐かしさがこみ上げてくる。

僕は箸を取り、そっと一口含んだ。とんぶりの独特な食感が口の中に広がり、少し塩気の効いた味が米と絶妙にマッチする。このプチプチとした食感、そしてこの懐かしい風味。まさに、幼い頃の味だ。

「どうだい、覚えてるかい?」祖母が微笑みながら聞いた。

「うん、懐かしいよ。こんなに美味しかったんだな」僕はしみじみと答えた。

「都会では食べないだろうね。とんぶりなんてもう知らない人が多いし、最近は作る人も少なくなってきてるんだよ」祖母はそう言いながら、鍋の中で煮込んでいたホウキグサの実をかき混ぜていた。

とんぶりは、ただホウキグサの実を収穫して食べるだけではない。実を採る作業も、その後の加工も手間がかかる。実を干し、殻を取り除いてから、蒸して乾燥させる工程は、すべて手作業だ。そうした細かな手間を経て初めて、あの特有のぷちぷちとした食感が生まれる。

祖母は、毎年この季節になるとホウキグサを育て、その実をとんぶりに加工してきた。田舎では珍しくない光景だったが、今では誰もが手軽に食べ物を買える時代になり、そんな労力をかけてまで作る人は少なくなったらしい。祖母も最近は膝が悪くなり、もうやめようかと思っていたと言っていたが、僕が来ると知って、頑張って用意してくれたのだ。

「ありがとう、ばあちゃん」と僕は心から感謝した。

その晩、祖母と二人で囲む食卓は、まるで過去へとタイムスリップしたような感覚だった。祖母は昔話をしながら、昔と変わらぬ穏やかな笑顔を浮かべている。僕は久しぶりに田舎の空気を吸い込み、心が解けていくのを感じた。

翌朝、祖母と一緒に畑を歩いた。ホウキグサが風に揺れている姿は、どこか美しくも儚い。祖母は杖をつきながら、ホウキグサをそっと撫でた。

「もうこれが最後になるかもしれないね」と祖母はぽつりと呟いた。

「そんなこと言わないで、また来年も一緒に作ろうよ」と僕は慌てて返したが、祖母は静かに笑うだけだった。

それから都会に戻り、また忙しい日々が始まった。けれど、あの田舎で過ごした日々が頭から離れない。とんぶりの味と、祖母の温かな言葉がいつも心に残っていた。

ある日、仕事で疲れ果てて帰宅すると、郵便受けに小包が届いていた。差出人を見ると、祖母の名前が書かれていた。中には、とんぶりが丁寧に詰められた瓶が入っていた。手紙も同封されており、「あなたが好きだったとんぶり、少しだけど送ります。都会でもこれを食べて元気でね」と書かれていた。

僕は思わず笑みを浮かべ、瓶を手に取った。あの日と同じ、とんぶりの黒い粒が瓶の中で静かに光っていた。その瞬間、まるで田舎の風景が目の前に広がるような気がした。

都会の喧騒に包まれながらも、あの小さな「畑のキャビア」を口にすると、不思議と心が落ち着く。祖母が込めてくれた愛情と共に、僕はまた頑張れる気がした。

金木犀の香りが漂う秋の夜、僕は祖母のとんぶりを楽しみながら、静かに過ごした。そして来年も、またあの畑で一緒にホウキグサを育てることを心の中で誓った。
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