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ハンターズムーン

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「ハンターズムーン」

秋の夜空に、赤い月が浮かんでいた。ハンターズムーン――10月の満月はそう呼ばれている。夜が深まるごとに、その月は地平線に近づき、空気を凍らせるような冷たい光を放っていた。

広大な森の中、狩人のケンジはじっとその月を見上げていた。彼はこの土地で長年狩りを続けている孤高のハンターだった。秋が深まる頃、動物たちは冬に備えて活発に動き出す。それを狙って狩りをするのが、ケンジにとって秋の定番だった。

ケンジは父親から狩猟を教わった。父もまたこの森で一生を過ごした狩人だった。ハンターズムーンの夜には、動物たちが活動しやすい。特に鹿や野ウサギは月の光を頼りに森を走り回る。そのため、狩人たちはこの満月の夜を「最良の狩りの時」として大切にしていた。

月の光が木々の間から差し込み、森全体を血のように赤く染めている。ケンジはその光景に圧倒されながらも、心を冷静に保った。手には愛用の弓を握り、腰には矢筒が揺れている。

「今夜は良い獲物が来るかもしれない…」彼は小声で呟き、足音を忍ばせて森の奥へと進んだ。

数分歩いたところで、遠くから小さな音が聞こえてきた。枝が踏まれる音、草を揺らす気配――鹿が近くにいる。ケンジは息を潜め、じっくりとその音の方向を探った。

木々の間に動く影が見えた。それは一頭の雄鹿だった。大きな角を持ち、月の光を浴びて神秘的に輝いている。ケンジはその姿に一瞬、見とれてしまった。だが、狩人としての本能がすぐに彼を現実に引き戻す。今こそチャンスだ。

ケンジは弓をゆっくりと構え、狙いを定めた。風は無風、鹿もまだ気づいていない。静寂が森を包む中、ケンジは矢を放った――。

鋭い音が森に響き、矢は鹿の心臓を正確に貫いた。雄鹿は一瞬のうめき声を上げ、地面に崩れ落ちた。ケンジはゆっくりと近づき、その壮大な姿を見下ろした。手ごたえのある大物を仕留めた喜びが彼の心に広がった。

「これで今季も上々だな…」と、ケンジは呟き、狩った鹿に感謝の言葉をかけた。

しかし、そこで彼はふと奇妙な感覚に襲われた。月の光が強くなり、赤く染まった森が一層暗く感じられる。風が突然冷たく吹き、森全体が異様な静けさに包まれた。ケンジは首筋に嫌な冷気を感じ、周囲を見渡した。

その時、遠くから不気味な遠吠えが聞こえてきた。狼だ。いや、ただの狼ではない。何か異質なものを感じさせる音だった。

「…何だ?」ケンジは眉をひそめた。狼の群れはこの辺りにはあまり現れない。それに、今の遠吠えには普通の動物にはない不穏な何かがあった。

彼は急いで獲物を処理しようとしたが、森の中に重い足音が響き始めた。月明かりの下に現れたのは、巨大な影だった。狼のような姿だが、その目は炎のように赤く輝いている。異様に大きな体と、鋭く光る牙。まるで森そのものが生み出した怪物のようだった。

「…化け物か」ケンジはすぐに弓を引いたが、その怪物は恐ろしい速度で彼に迫ってきた。矢を放つ間もなく、ケンジは地面に倒されそうになった。しかし、瞬時に身を翻し、間一髪でその牙をかわす。

怪物の咆哮が森に響き渡り、ケンジは冷や汗をかきながら弓を再び構えた。だが、その時、ハンターズムーンが一際強く輝いた。月の光が怪物を包み込むように照らすと、その姿が一瞬、揺らめいた。

ケンジは息をのんだ。目の前にいたのは、怪物ではなく、かつて父と共に狩った狼の霊だったのだ。月の光の下で、その霊が現れたかのように見えた。父が教えてくれた言葉が彼の頭に蘇る。

「ハンターズムーンの夜には、獲物の魂が浮かび上がることがある。それを見たときは、その命に感謝しろ…」

ケンジは恐怖と驚きに立ち尽くした。狼の霊は静かに彼を見つめた後、ゆっくりと森の中へ消えていった。

ケンジはその場に膝をつき、深い息をついた。月の光はまだ強く輝いているが、先ほどまでの異様な気配は消えていた。彼は目を閉じ、獲物への感謝とともに、父の言葉の意味を再び噛みしめた。

「ありがとう…」ケンジは心の中で呟き、赤い月を見上げた。










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