春秋花壇

水始涸（みずはじめてかるる）

水始涸（みずはじめてかるる）

秋の風が少し冷たくなり、紅葉が川辺を彩り始めた。川の水位は日に日に下がり、干上がった石がむき出しになっていく。そんな季節の移り変わりの中、玲奈（れいな）は子供の頃から過ごしてきた小さな村を歩いていた。

彼女は久しぶりに故郷に帰省していた。東京での生活に追われ、なかなか実家に戻る機会を持てなかったが、今回は年老いた父の容態が悪化したとの知らせを受けて、急いで帰ってきたのだ。家に入ると、かつては元気でいた母が、疲れ切った顔で出迎えた。

「お父さん、どう？」玲奈は心配そうに問いかけた。

母は静かに首を振った。「あまり話もできなくなってきたけど、玲奈が来たことはわかってると思う。少しでも顔を見せてあげて。」

玲奈は父の寝室に向かった。薄暗い部屋の中で、父は弱々しく寝ていた。子供の頃には大きく見えた背中が、今では驚くほど小さく見える。玲奈はそっと父の手を握りしめ、涙が止めどなくこぼれ落ちた。

その晩、玲奈は幼い頃の記憶に浸りながら村の外れにある川へと向かった。川のせせらぎが彼女をいつも癒してくれていた場所だ。だが、今、川はかつての勢いを失い、静かに流れるだけだった。水は始涸（みずはじめてかるる）——秋が深まると、川の水が干上がり始めるこの村の風物詩だった。子供の頃は、その現象に心を躍らせたものだが、今はその姿がただ儚く、寂しさを感じさせる。

玲奈は川辺に腰を下ろし、石を手に取った。その冷たい感触は、東京での忙しい生活から少し離れて、過去の自分と向き合う時間を与えてくれた。彼女はふと、父がよくしていた話を思い出した。

「川の水が少なくなると、土の中に眠っているものが見えてくるんだ」と、父はいつも教えてくれた。「それは宝物かもしれないし、古い石かもしれない。だけど、本当に大切なのは、流れが止まっても、川はいつかまた満ちるってことだ。」

玲奈はその言葉に勇気をもらった。今、自分も人生の川が干上がりかけているように感じていた。東京での仕事は忙しく、何かを達成している感覚も薄れていた。それでも、父の言葉のように、また満ちる日が来るのかもしれない。

翌朝、玲奈は再び父のもとへ向かい、もう一度手を握った。父の目は微かに開き、玲奈を見つめた。声にはならなかったが、その瞳に浮かぶ感謝の色が玲奈にはわかった。

「お父さん、ありがとう。あなたのおかげで、私はこれからも前に進める。」そう心の中で呟いた玲奈は、父の手をそっと離し、最後の別れを告げた。

その夜、村の川の水はほとんど干上がっていた。しかし、玲奈はそれが終わりではなく、新たな始まりだと感じていた。どんなに水が少なくなっても、川は再び満ちる。玲奈はそう信じ、故郷を後にした。

村を後にするバスの中で、彼女はふと目を閉じた。耳に残るのは、かすかな川のせせらぎと、父の優しい声だった。