春秋花壇

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
553 / 779

神無月

しおりを挟む
神無月

神無月――十月のことを、春香はいつも特別に感じていた。季節の移り変わりが激しく、秋の深まりが一層感じられる月。町の木々は色づき、空気は澄んで心地よい。そんな季節に、春香は長年続けている「神無月の手紙」という、ちょっとした儀式を今年も行おうとしていた。

春香には、かつてとても大切な友人がいた。彼女の名前は美咲。二人は高校の同級生で、出会ったときからまるで姉妹のような絆を感じ、いつも一緒に過ごしていた。美咲は自由奔放で、何事にもチャレンジすることを恐れない人だった。一方で春香は、控えめで安全な道を選ぶことが多かった。しかし、そんな対照的な性格の二人は、不思議と深く理解し合い、お互いに支え合ってきた。

卒業後、美咲は遠くの大学に進学し、春香は地元で働くことになった。物理的な距離が二人を引き裂くことはなかったが、次第に連絡が途絶えていった。美咲が突然海外で仕事を始め、忙しくなったことも理由の一つだったが、春香自身がその変化にどう対応すればいいのかわからなかったのだ。いつの間にか、彼女たちの関係は曖昧なまま消えてしまった。

そして、美咲からの最後の手紙が届いたのは、ちょうど十年前の神無月だった。その手紙には「今度、帰国したらまた会おうね」と書かれていたが、その後美咲が帰国することはなかった。美咲は海外で不慮の事故に遭い、命を落としてしまったのだ。その知らせが届いた時、春香は何も言えず、ただ涙を流すしかなかった。

それから毎年、春香は神無月に美咲へ手紙を書くことを決めた。手紙は決して誰に送ることもないが、彼女に向けた思いを紙に綴ることで、心の整理をしていた。春香は美咲との思い出を一つ一つ思い出し、彼女に今の自分を報告するように書く。それが春香にとっての、心の平穏を保つための儀式だった。

今年の神無月も、澄んだ空気が春香の心を軽くし、彼女は手紙を書く準備を始めた。机の上に美咲の写真を置き、ペンを手に取る。美咲への手紙を書くたびに、あの笑顔を思い浮かべ、胸が締め付けられる感覚が蘇る。しかし、その感覚が次第に心地よい懐かしさに変わっていくのも、春香にとっては慣れたものだった。

「美咲、元気にしてる? そちらでは、もう冬が始まっているのかな。こちらは、秋が深まりつつあるよ。今年も神無月がやってきたね。あれからもう十年が経ったなんて、信じられないよ。」

手紙を書き進めるうちに、春香の心はだんだん軽くなっていった。美咲への思い出は色褪せることなく、毎年新たな感情が芽生えるように感じていた。

「最近、私は少し変わったよ。美咲がいなくなってから、自分の殻に閉じこもっていたけれど、少しずつ外の世界に目を向けるようにしているんだ。あなたがいつも言ってた、もっと自分を解放しなきゃっていう言葉、ようやくわかってきた気がする。新しい趣味も始めたし、新しい友達もできた。でも、あなたほどの存在感を持った人にはまだ出会えないな。」

春香はペンを止めて、少し微笑んだ。美咲が生きていたら、彼女は自分のこの成長をどう感じるだろうか、そんなことを考えた。

手紙を書き終えると、春香はそれを封筒に入れてしまいこむ。毎年、手紙は一度も送られることなく、ただ引き出しの奥に積み重ねられていくだけだ。それでも、春香にとっては大切な儀式だった。神無月になるたびに、美咲との思い出を振り返り、自分を見つめ直す機会を与えてくれるからだ。

その日、手紙を書いた後、春香はいつものように近くの神社を訪れた。美咲とよく訪れた場所で、秋の訪れを感じながら、彼女は境内を歩く。木々は紅葉し、風に揺れる葉音が心地よく響く。鳥居の前で手を合わせ、静かに祈る春香。心の中で、美咲と再び会える日を夢見ながら、彼女は穏やかな笑みを浮かべた。

神無月が巡るたび、春香は自分の中の新たな一歩を感じる。そしてそのたびに、美咲との絆がますます深まっていくように感じられた。この儀式は、春香が未来へ進むための大切な時間なのだ。春香は、これからも神無月のたびに、美咲との思い出を抱きしめながら、新しい自分を発見し続けるだろう。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

聖書

春秋花壇
現代文学
愛と癒しの御手 疲れ果てた心に触れるとき 主の愛は泉のごとく湧く 涙に濡れた頬をぬぐい 痛む魂を包み込む ひとすじの信仰が 闇を貫き光となる 「恐れるな、ただ信じよ」 その声に応えるとき 盲いた目は開かれ 重き足は踊り出す イエスの御手に触れるなら 癒しと平安はそこにある

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

日本史

春秋花壇
現代文学
日本史を学ぶメリット 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。以下、そのメリットをいくつか紹介します。 1. 現代社会への理解を深める 日本史は、現在の日本の政治、経済、文化、社会の基盤となった出来事や人物を学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、現代社会がどのように形成されてきたのかを理解することができます。 2. 思考力・判断力を養う 日本史は、過去の出来事について様々な資料に基づいて考察する学問です。日本史を学ぶことで、資料を読み解く力、多様な視点から物事を考える力、論理的に思考する力、自分の考えをまとめる力などを養うことができます。 3. 人間性を深める 日本史は、過去の偉人たちの功績や失敗、人々の暮らし、文化などを学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、人間としての生き方や価値観について考え、人間性を深めることができます。 4. 国際社会への理解を深める 日本史は、日本と他の国との関係についても学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、国際社会における日本の役割や責任について理解することができます。 5. 教養を身につける 日本史は、日本の伝統文化や歴史的な建造物などに関する知識も学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、教養を身につけることができます。 日本史を学ぶことは、単に過去を知るだけでなく、未来を生き抜くための力となります。 日本史の学び方 日本史を学ぶ方法は、教科書を読んだり、歴史小説を読んだり、歴史映画を見たり、博物館や史跡を訪れたりなど、様々です。自分に合った方法で、楽しみながら日本史を学んでいきましょう。 まとめ 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。日本史を学んで、自分の視野を広げ、未来を生き抜くための力をつけましょう。

季節の織り糸

春秋花壇
現代文学
季節の織り糸 季節の織り糸 さわさわ、風が草原を撫で ぽつぽつ、雨が地を染める ひらひら、木の葉が舞い落ちて ざわざわ、森が秋を囁く ぱちぱち、焚火が燃える音 とくとく、湯が温かさを誘う さらさら、川が冬の息吹を運び きらきら、星が夜空に瞬く ふわふわ、春の息吹が包み込み ぴちぴち、草の芽が顔を出す ぽかぽか、陽が心を溶かし ゆらゆら、花が夢を揺らす はらはら、夏の夜の蝉の声 ちりちり、砂浜が光を浴び さらさら、波が優しく寄せて とんとん、足音が新たな一歩を刻む 季節の織り糸は、ささやかに、 そして確かに、わたしを包み込む

陽だまりの家

春秋花壇
現代文学
幸せな母子家庭、女ばかりの日常

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夕立ち 改正版

深夜ラジオ
現代文学
「手だけ握らせて。それ以上は絶対にしないって約束するから。」  誰とも顔を合わせたくない、だけど一人で家にいるのは辛いという人たちが集まる夜だけ営業の喫茶店。年の差、境遇が全く違う在日コリアン男性との束の間の身を焦がす恋愛と40代という苦悩と葛藤を描く人生ストーリー。   ※スマートフォンでも読みやすいように改正しました。

処理中です...