春秋花壇

こっくり秋色の風

こっくり秋色の風

大都会のビルの谷間を吹き抜ける風は、夏の名残を残しつつも、確かに秋の気配をまとっていた。銀座の大通りを歩くサクラは、その風に一瞬、足を止めた。ビルの窓に映る彼女の姿が、秋色に染まる街と相まってどこか落ち着いて見える。25歳の彼女は広告代理店で働いているが、仕事に追われ、疲労の色が隠せなかった。ふと、そんな日常から少しだけ解放されたような気分になったのは、この秋の風が心の中に柔らかい感触を吹き込んだからだろう。

「もう秋か…」

彼女は小さく呟きながら、背後の高層ビル群に目を向けた。ガラスと鋼鉄でできた巨大な建物たちが、上空で寄り添うように立ち並んでいる。彼女はこの街での生活に慣れていたが、時折その威圧感に息苦しさを感じることがあった。しかし、今日の風は違った。それはまるで、大都会の冷たさや無機質さを柔らげるかのように、ほんのりとした温かみを含んでいた。

「こっくり秋色の風だなぁ…」

サクラは思わず顔を上げ、空を見上げた。ビルの谷間に見える狭い空は、夕焼けの光で美しく染まり始めていた。秋特有の澄んだ空気が、街全体を優しく包み込んでいるように感じられる。その瞬間、彼女の頭に浮かんだのは、今年の秋は何か新しいことに挑戦してみようという思いだった。

「仕事だけじゃなくて、もっと自分の時間を大切にしなきゃ」

そう思った瞬間、サクラの心にひとつのアイデアが浮かんだ。昔からやってみたかった写真を本格的に始めること。彼女はいつもスマホで写真を撮っていたが、プロのカメラを使って本格的に学んでみたいと思っていた。しかし、忙しい日々の中でその夢を後回しにしてきた。けれども、今日の風が彼女に決意を与えたのだ。

その日は早めに仕事を切り上げて、彼女は近くのカメラ店に向かった。ショーウィンドウには様々なカメラが並んでおり、どれも彼女の目に新鮮に映った。サクラはスタッフにカメラの説明を聞きながら、一台のデジタル一眼レフを選んだ。その重みを手に感じた瞬間、彼女は新しい世界への扉が開いたように思えた。

「これで、私も新しい秋を始めるんだ」

カメラを肩にかけ、サクラは再び大都会の中を歩き出した。ビルの谷間を吹き抜ける風は、彼女の髪を優しく揺らし、街の光が静かに彼女の背中を押す。冷たく感じるビルの風景の中にも、確かに温かさがある。サクラは、その瞬間にしか捉えられない風景を、このカメラで写し取ることができるのだと確信した。

「これが私の秋の始まりだな…」

夕日が街のビル群に沈み始め、サクラの心は新たな挑戦に向けて軽くなっていった。風がまた、ビルの谷間を吹き抜け、彼女の決意をさらに強くしてくれたかのようだった。