春秋花壇

雷乃収声（かみなりすなわちこえをおさむ）

第四十六候　秋分　初候

雷乃収声（かみなりすなわちこえをおさむ）

9月23～27日頃

雷が鳴らなくなる

天高い秋の空に浮かぶ鱗雲

自然の営みとともに、人々の心も静けさへと向かう様子が描かれています。鱗雲とともに、秋の深まりを感じてみてはいかがでしょうか。


秋分の初候、「雷乃収声」（かみなりすなわちこえをおさむ）は、雷の音が静かになり、夏の終わりを告げる季節の移ろいを表しています。9月23日から27日頃、空に浮かぶ鱗雲がその合図だ。

庭のベンチに座り、佳子はふと見上げた。そこには、透き通るような青い空に、ふんわりと浮かぶ鱗雲が広がっていた。「秋だな」と小さく呟く。夏の頃の激しい雷鳴や、夜に突如降り出す豪雨はもう遠い過去のようだ。どこか寂しい気持ちとともに、心が少し静かになるのを感じた。

佳子は、夫と二人でこの家に引っ越してきてから5年が経つが、ここに住むようになってから、四季の移り変わりをより身近に感じるようになった。それまでの生活では、忙しさに追われ、季節の微妙な変化など見逃していたのだが、ここに来てからは日々の小さな自然の営みに目を向ける時間が増えた。

秋分の日、彼女は決まって一人で散歩に出かける。夫は仕事が忙しく、休日でも一緒に過ごすことが少なかった。そんな時間の中で、彼女はいつも自分自身と向き合っていた。

「雷乃収声」という言葉を知ったのは、最近のことだった。子供の頃、祖父が季節の話をしてくれたのをふと思い出した。「雷が静まると、秋が深まるんだよ」と祖父は笑顔で言っていた。彼の手は大きく温かく、安心感があった。佳子はその言葉を、まるで秋の音を感じるように、今も心の中で繰り返す。

ふと、遠くから聞こえてくる虫の音に耳を傾けた。秋の虫たちが、涼しい風に乗ってその小さな声を響かせている。昔は、こんな音にも気づかずに過ごしていたな、と佳子は思った。彼女は今、何もかもがゆっくりと進むこの静けさに包まれる時間を、大切に感じていた。

鱗雲が流れる空を見つめながら、佳子は祖父の話をもう一度思い出す。「秋になるとね、人の心も少し静かになるんだ。雷のように激しい感情が、少しずつ落ち着いて、穏やかな気持ちになるんだよ。」そう言われたとき、子供の佳子にはその意味が分からなかった。しかし今、この年齢になってようやく、その言葉の意味を深く理解するようになった。

「静かになるって、こういうことなんだろうな。」佳子はそう思いながら、自分の心もまた、少しずつ静かになっていくのを感じた。かつて抱えていた不安や焦り、そして叶わぬ夢への苛立ちが、鱗雲のように空へと消えていくようだった。

時間が経つとともに、夕方の涼しい風が頬を撫でた。佳子はベンチから立ち上がり、ゆっくりと家へ向かう。窓辺に置いた一輪のコスモスが、風に揺れているのが見えた。秋の花は、夏のような派手さはないが、どこか奥ゆかしく、優雅だ。

家の中に戻ると、キッチンから夫の声が聞こえた。「今日、早めに帰ってこれたよ。晩ご飯、何か一緒に作らないか？」その声に、佳子の胸が少し温かくなった。今までは当たり前だと思っていた日常が、今ではかけがえのないものに感じる。彼女は、夫との平凡な時間を静かに愛おしく思った。

「うん、作ろうか。」佳子は微笑んで答えた。そして、心の中で、雷が止み、静けさに包まれる秋の空と、祖父の言葉にもう一度感謝を捧げた。

季節が移ろい、雷がその声を収めるとき、心もまた穏やかに、そして静かに新たな季節を迎える準備をする。