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秋分の日の約束

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「秋分の日の約束」

秋分の日、静かな田舎町で祖母の家を訪れたのは、涼しい風が心地よく吹き始めた頃だった。久しぶりに訪れるこの町は、すっかり秋の気配に包まれ、黄金色に輝く稲穂が広がっていた。空には薄く白い雲がかかり、日差しも柔らかく、全てが穏やかで、どこか懐かしい雰囲気に満ちていた。

私は久しぶりに顔を見せた孫のために、祖母が用意してくれた温かい茶を手にし、縁側に腰掛けていた。祖母は小柄で、年齢を重ねて小さくなったように感じるが、瞳には変わらず鋭さが残っていた。

「今年も秋分が来たねぇ」と祖母は静かに語りかける。「お彼岸は、先祖と今生きている者が近づく時期だって、昔から言われているよ。特に秋分の日は、昼と夜が同じ長さになるから、特別なんだ」

祖母の言葉に耳を傾けながら、私は少し遠い記憶を思い出していた。子供の頃、毎年この時期にここへ来ては、家族でお墓参りをしていた。両親や兄弟、そして祖父と一緒に、静かに墓石を拭きながら手を合わせたものだ。その頃は、意味がよく分からず、ただお参りをしていたが、今は違う。祖父が亡くなった後、この習慣が一層大切に感じられるようになった。

「おじいちゃんも、きっと私たちを見ているよね」と、私は祖母に尋ねた。

「そうさ、いつも見守ってくれているさ」と祖母は微笑んだ。「でもね、あんたも気づいてるかもしれないけど、この世とあの世の境目は、普段はなかなか感じられない。だから、こういう時期が大事なんだよ。あの世に思いを馳せることで、先祖たちとの繋がりを感じられるんだ」

その言葉に、私は深く頷いた。祖母の言うことは、まるで自然の摂理のように感じられた。昼と夜が等しくなるこの日、過去と現在、あの世とこの世が重なる瞬間が訪れる。それは、時間が止まるかのような、静かなひとときだ。

私はふと、祖父のことを思い出した。彼は寡黙で、感情を表に出すことが少なかったが、祖母と一緒にいる時だけはいつも穏やかな顔をしていた。祖父が亡くなったのはもう10年以上前のことだが、その思い出は今でも鮮やかに残っている。

「おじいちゃんとの約束、ちゃんと覚えてるかい?」と、祖母が突然問いかけてきた。

「約束?」

私は少し驚きながらも、その言葉の意味を探るように、記憶の糸を手繰り寄せた。そうだ、祖父と交わしたあの約束――それは、彼が亡くなる少し前のことだった。

「秋分の日には、必ず帰ってくるんだよ」と祖父は言った。「お彼岸の日は、先祖が集まるから、君も来るんだ。大切な日だからね」

その時は、ただ頷いていただけだったが、その言葉の重みは今になってようやく理解できた。祖父は、自分がこの世を去っても、家族との絆を失わないために、私にこの約束を託したのだ。秋分の日に戻ってくることで、私たちは先祖たちと再び繋がり、過去の記憶や感情を取り戻すことができる。

「もちろん覚えてるよ」と、私は祖母に微笑みかけた。「だからこうして、毎年ここに戻ってくるんだ。おじいちゃんとの約束だから」

祖母はその言葉に頷き、しばらくの間、何も言わずに空を見上げていた。風が稲穂を揺らし、彼岸花が庭の隅で赤く燃えるように咲いている。時間がゆっくりと流れる中で、私はこの静けさを大切に感じた。

そして、祖母は再び口を開いた。

「でもね、あんたがこれからもずっとこの約束を守るかどうか、それはあんた次第だよ。私はもう長くないけれど、あんたが続けてくれるなら、おじいちゃんも私も安心できる」

その言葉に、私は少し涙ぐんでしまった。祖母も、いつかこの世を去る日が来る。その時、私がどれだけ強くいられるのか分からないが、この約束を守ることだけは、何があっても忘れないだろう。

「大丈夫だよ、ちゃんと守るから」

私はそう誓いながら、祖母の手をそっと握った。彼女の手は細く、温かい。これまでの時間の重みが、その手に宿っているように感じた。

秋分の日――昼と夜が等しく分かれるこの日、私は再び祖父との約束を心に刻み込み、祖母と共に過ごした静かな時間を大切に思った。
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