春秋花壇

暑さ寒さも彼岸まで

暑さ寒さも彼岸まで

「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉が、昔から言い伝えられている。この言葉を心に抱きつつ、やっとクーラーの電源をOFFにした日。秋の風が心地よく吹き始めたその瞬間、何かが変わった気がした。

夏の間、私はずっとクーラーに頼っていた。朝から夜まで、蒸し暑さに耐えられず、家の中は冷えた空気に包まれていた。日々の生活は汗まみれで、外出するのも億劫になる。私は冷たい空気に浸りながら、仕事や家事をこなしていた。しかし、その冷えた空間にはどこか虚しさが漂っていた。心も体も、暑さと冷えに翻弄され、ただ日々を過ごしているだけのような感覚があった。

9月の半ばを過ぎたある日、窓を開けると涼しい風が部屋に流れ込んできた。思わず顔を上げ、風の音を聞いた。その瞬間、何かがふっと心の中で軽くなったように感じた。風には、秋の香りが混じっていた。私は手を伸ばし、クーラーのリモコンを取り、長く押していた電源ボタンを、そっと押し下げた。クーラーの機械音が静まり、代わりに窓から入ってくる風の音が、心地よく耳に残った。

「暑さ寒さも彼岸までだな」と、私は自分に言い聞かせた。

その日は休日だった。朝からゆっくりと家の片付けを始めた。夏の間使い込んだ扇風機を、やっと片付けることに決めた。埃を拭き取って、丁寧に箱にしまう。ふと、押し入れの中から古い毛布が目に入った。去年の冬に使っていたもので、少し古びたものだが、これを使う季節がもうすぐやってくると思うと、なんだか安心した気持ちになった。

その毛布を膝にかけながら、私は静かにコーヒーを淹れた。クーラーの冷気ではなく、自然の風が頬を撫でる感覚が心地よかった。まるで季節が私に語りかけているようで、日々の慌ただしさから一瞬、解放された気がした。

窓から見える木々も、少しずつ色を変え始めていた。葉が黄味がかり、やがて紅葉が始まるだろう。その変化を楽しみにしながら、私は一日を過ごすことができた。窓を通して差し込む日の光も、夏のギラギラとしたものではなく、柔らかく優しいものに変わっていた。私は、季節の移り変わりがこんなにも心に安らぎをもたらすものだとは思いもよらなかった。

午後には、近所を少し散歩した。公園のベンチに腰掛け、ぼんやりと空を見上げると、空は夏の真っ青な色ではなく、ほんの少し霞がかかっているような優しい青色だった。風は涼しく、湿度も低くなって、心地よさが増していた。すれ違う人々の顔にも、どこかほっとした表情が浮かんでいる。夏の終わりを皆が感じていたのだろう。

家に帰ると、日が沈みかけていた。少し肌寒さを感じて、長袖を羽織った。暑さに耐えるために必要だったクーラーの音もなく、静かな夜が訪れる。窓を少し開けて、風の音を聞きながら私はベッドに横たわった。耳に残るのは、風の音と虫の鳴き声だけだ。その静けさが心地よく、久しぶりにぐっすりと眠れそうだった。

クーラーをOFFにしたその日は、ただの日常の一日でありながらも、何かが変わる瞬間だった。季節の移り変わりが、私の心にも変化をもたらしてくれた。毎年同じように感じる秋の訪れも、今年は少し特別なものに思えた。

秋がやってくる。夏の暑さに別れを告げ、私は新しい季節を静かに迎え入れたのだった。