春秋花壇

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秋深し隣は何をする人ぞ

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「秋深し隣は何をする人ぞ」

この一句が心に響いたのは、都会にひとり佇むときだった。澄んだ秋の空気が冷たく肌に触れ、都会の喧騒もどこか遠く感じる。秋の深まりとともに、孤独感が身に迫る。この都会の片隅で、私は何をしているのかと自問自答する日々だ。

私の住むアパートは古びた建物で、静けさが漂っている。都会にありながらも、この一角はまるで時間が止まったかのように穏やかで、時折聞こえるのは風に舞う落ち葉の音や、通り過ぎる車のかすかな音だけ。隣の住人とは一度も顔を合わせたことがない。時折ドアが開く音は聞こえるが、その人物がどんな人なのか、何をしているのか、全く見当がつかない。

そんなある日、ふとしたことがきっかけで隣の住人が気になり始めた。

秋の夜長、静かな部屋で本を読んでいたとき、隣の部屋からかすかに物音が聞こえた。それは、日常の生活音というよりも、何か特別な作業をしているような気配だった。音自体は静かなものだったが、その背後に何かが隠されているような、不思議な感覚を覚えた。普段は全く物音を立てない隣人が、今夜は一体何をしているのだろう。そんな疑問が頭をよぎる。

私はそのまま本に集中しようとしたが、どうしても気になってしまう。音は途切れ途切れに続き、時折何かを叩くような音や、紙をめくるような音が微かに聞こえる。まるで何かを作り出しているかのようだ。

その翌朝、私はいつも通り出勤の準備をしていた。隣の住人がどんな人なのか、今朝も顔を見ることはできなかった。私の生活は相変わらずで、毎日仕事に追われ、帰宅する頃には疲れ果ててしまう。けれど、隣人の存在が、私の日常に小さな違和感を与えていた。

「隣は何をする人ぞ」と、芭蕉の句がふと頭に浮かんだ。秋の深まりとともに、隣人への興味が募っていく。それは好奇心というよりも、都会での孤独感を埋めるための、一種の執着だったのかもしれない。私の生活は平凡で、特別な変化もなく、ただ淡々と時間が過ぎていく。そんな中で、隣人の存在がひとつの謎となり、私の日常を少しだけ特別なものにしていた。

ある週末の夕方、私は意を決して隣の部屋の前に立った。何かの理由をつけて話しかけようと考えたが、いざドアの前に立つと、妙な緊張感が走った。ノックをする手が震える。何を言うべきか、どんな人が出てくるのか、全く想像がつかない。

ドアの向こう側に気配があるのかどうかも分からない。私はしばらくドアを見つめていたが、結局ノックすることなく自分の部屋に戻ってしまった。何をしているのか自分でも分からなかったが、隣人のことを考えるたびに、心の中にぽっかりと空いた穴が埋まっていくような気がした。

その夜、再び隣の部屋からかすかな音が聞こえた。前回と同じく、何かを叩くような音や紙をめくる音が微かに響く。私は耳を澄ませ、その音に耳を傾けていた。やがて、何かを書いているような、ペンの走る音が聞こえてきた。それは手紙を書いているのか、それとも何か重要な書類なのか、全く分からない。ただ、何かを伝えようとしているように感じられた。

その音に耳を傾けながら、私は自分自身について考えた。都会での生活に疲れ、誰とも関わらずに生きている自分。毎日同じように過ぎていく日々の中で、私は一体何をしているのか。隣人の存在に対する興味は、自分自身の存在を見つめ直すきっかけとなっていた。

ある晩、帰宅すると、ドアの前に小さな紙袋が置かれていた。手に取ると、袋の中には手作りらしきクッキーが入っていた。袋には「いつも静かでご迷惑おかけします」と書かれたメモが添えられていた。

隣人からのものだろうか。思わぬ形で接点を持ったことに、驚きと喜びが入り混じった。今まで一度も顔を見たことのない隣人が、こうして静かに私に語りかけてきたのだ。私はメモをそっと握りしめ、クッキーを口に運んだ。甘く、優しい味が口の中に広がる。

それからしばらくして、私は思い切って隣人にお礼の手紙を書いた。窓際でクッキーを食べながら、秋の夕暮れを眺め、心の中で小さな感謝を伝えた。何も特別なことは書かなかった。ただ「ありがとうございます」という言葉を添え、玄関先に手紙を置いた。

数日後、私のドアに新しいメモが挟まれていた。それには「こちらこそ、いつもありがとうございます」とだけ書かれていた。

私たちは顔を合わせることはなく、ただ手紙だけが行き交う奇妙な関係だった。けれど、その関係は私にとって大切なものだった。隣人が何をしているのか、どんな人なのか、依然として分からない。それでも、私の中で彼や彼女の存在が次第に大きな意味を持ち始めていた。

秋がさらに深まり、木々の葉が色を変えていく頃、私は再び「秋深し隣は何をする人ぞ」という句を思い出した。隣人の正体は今でも謎のままだが、それがどうでもよくなっていた。大切なのは、静かな都会の片隅で、私たちが見えない糸で繋がっているという事実だ。

秋が深まる中、隣人との不思議なやり取りは、私の日常にささやかな彩りを加えてくれた。それは、孤独な都会生活の中で見つけた、ひとつの小さな奇跡だった。
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