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稲穂の黄金の海原

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「稲穂の黄金の海原」

秋風がそよそよと吹き抜ける、黄金色の海原。見渡す限りに広がる稲穂が揺れ、まるで波打つように輝いていた。田んぼの中央に立つ紗枝は、その美しい光景に目を細めながら、軽く息をついた。長い夏を終え、ようやく実りの季節がやってきたのだ。

「今年も、いい出来だね」

隣に立つ父が、満足そうに田んぼを眺めている。田植えから数ヶ月、父と共に汗を流して育てた稲が、こうして黄金に輝く姿を見せてくれる瞬間は、何年経っても心が震えるものだった。

「うん、でもお父さんがいなかったら、こんなに立派には育たなかったよ」

紗枝が素直にそう言うと、父は恥ずかしそうに笑った。「いやいや、俺なんてもうすっかり年だ。お前が頑張ってくれたからだよ」

その言葉に、紗枝は少し胸を締め付けられる思いがした。父は確かに年を重ね、以前のような力強さはなくなってきている。それでも、まだ彼の背中は大きく、頼もしく見えた。しかし、いつまでも父に頼ってばかりではいけないという思いが、紗枝の心にはあった。

「今年の収穫、どうするんだ?」

父が尋ねる。彼は稲刈りの段取りを頭の中で整理しているのだろうが、紗枝は一瞬、言葉を飲み込んだ。自分が抱える計画をまだ父に告げるタイミングを見つけられずにいたのだ。

「実は…来年から、私がもっと田んぼを管理したいと思ってるの」

紗枝は決心したように口を開いた。父は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。「そうか…お前ももう立派な農家だしな」

「お父さんにはまだ元気でいてほしいけど、無理をさせたくない。これからは私が主導して、もっとこの田んぼを発展させていきたいんだ」

紗枝の言葉には、強い意志が込められていた。父が築き上げてきた農業を守り、さらに発展させたいという願いがあった。そして、農業の世界に新しい風を吹き込みたいという彼女の想いも強かった。

「お前がそこまで考えてるとはな。父さん、驚いたよ」

父はそう言いながら、遠くを見つめた。その視線の先には、黄金色の稲穂が広がっている。それは、父が人生の大半を費やして育ててきたものだ。そして、今その責任を娘に引き継ごうとしている。

「お前がやるなら、俺も安心だな」

父の声は、どこか寂しげだったが、それでも誇らしげでもあった。

「ありがとう、お父さん。でも無理はしないで。来年からは私に任せて、ゆっくりしてほしいんだ」

紗枝はそう言って、父の手をそっと握った。その手は、長年の農作業でごつごつとした感触があったが、温かさが伝わってきた。父は何も言わずに、ただ頷いた。

その夜、家に戻った紗枝は、田んぼの計画書を広げていた。新しい農業技術や効率的な管理方法を取り入れ、さらに稲作を発展させるプランを練っていたのだ。父から学んだ伝統的な方法と、彼女自身が学んできた新しい知識を融合させることで、この田んぼをさらに豊かにしていきたいという思いがあった。

「お父さんもきっと喜んでくれるはず…」

紗枝はつぶやきながら、計画を細かく修正していく。彼女にとって、これは父への恩返しでもあった。

次の日、朝早くから父と二人で稲刈りが始まった。初秋の朝の空気はひんやりとしていたが、太陽が昇るにつれて温かさが広がり、作業に適した日和となった。黄金色の稲穂を手にするたびに、紗枝はこの土地の豊かさを改めて感じた。

「よいしょっと…」

鎌で稲を刈りながら、父と昔話をし、笑い合った。父の背中は少し丸くなったが、その姿はまだ頼もしかった。稲穂が次々と刈られていく中、紗枝は自分の決意が確かなものになっていくのを感じた。

そして、一日かけてほとんどの稲が刈り取られたころ、夕暮れの空が美しく染まっていった。黄金色の稲穂と、オレンジに染まる空が一体となり、何とも言えない美しい光景が広がっていた。

「綺麗だね…」

紗枝はその光景に目を奪われながら、父と肩を並べて田んぼを見つめた。

「そうだな。毎年、この瞬間が一番嬉しいよ」

父の言葉に、紗枝は深く頷いた。そして、心の中で新たな決意を固めた。来年、この海原をまた黄金色に染めるために、自分ができることを全力でやっていくのだと。

「お父さん、ありがとう。これからもよろしくね」

父は何も言わずに微笑み、二人でゆっくりと家路に向かった。









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