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玄鳥去(つばめさる)
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玄鳥去(つばめさる)
秋風が吹き始めるころ、町外れの古い神社の境内には、夏の終わりを告げるかのように、巣立ちの準備をしている燕たちがいた。彼らは春からこの場所に居着き、境内の軒下に巣を作り、命をつないできた。しかし、今では巣も静かで、空に舞い上がる姿が少なくなっている。燕たちは遠く暖かい南の国へ飛び立つ準備を整えていた。
「今年も、もう行ってしまうのね……」
神社の石段に腰掛けて、カナは燕たちの巣を見上げながらつぶやいた。彼女は小さな頃から毎年この燕たちを見守り続けてきた。春に帰ってくると、巣作りから子育てまで、その姿を眺めるのが彼女の小さな楽しみだった。だが、秋が近づくたび、カナはこの瞬間が寂しくてたまらなかった。
「燕はまた来年もここに戻ってくるってわかっているのに、やっぱり別れは切ないわ」
一緒にいた祖父のハルオは、カナの言葉に静かにうなずいた。
「そうだな。季節は巡り、また戻ってくる。けれども、その繰り返しの中でも、去る時の寂しさは消えないもんだ」
祖父の言葉はどこか遠くを見つめているようだった。彼はかつてこの神社の宮司として長年仕えてきたが、今は引退し、静かな生活を送っていた。毎年、燕たちがやってくるたびに、彼もまた昔のことを思い返すのだ。
「おじいちゃんも、そういう別れがあったの?」
カナは少し照れくさそうに聞いた。いつも穏やかな祖父の表情には、何か隠された想いがあるように感じたのだ。
ハルオは少し笑って、遠い目をしたまま語り始めた。
「そうだな。昔、私もひとつ、大切な別れを経験したことがあるんだ」
カナは驚いた。祖父が過去の話をすることは滅多になかった。彼はいつも今を大事にして生きているように見えていたからだ。
「私がまだ若かったころ、ここで一緒に働いていた女性がいたんだ。彼女は神社に仕える家の娘で、神事のことをよく知っていた。私たちはお互い助け合いながら、日々を過ごしていたんだ」
カナは祖父の話に耳を傾けた。彼が言うその女性は、祖母とは違う人物だとすぐに気づいた。
「その人と一緒にいる時間は、なんというか、心地よかったんだ。だけど、彼女はある日突然、神社を去ることになった。親が決めた縁談があってね。彼女も、神社を離れて新しい生活に向かうことになったんだ」
ハルオの表情に、一瞬だけ寂しさがよぎった。それは、若かりし頃の未練と哀しみが再び浮かび上がった瞬間だった。
「去ってしまった彼女に、何も言えなかった。それが私の一番の後悔だ。けれども、季節が変われば、また新しい日々がやってくる。彼女が去ったあとも、私はこの神社で生き続けた。そして、やがて君の祖母と出会い、家族を持った」
カナは少し切なくなった。彼女の知らない祖父の過去が、突然目の前に広がったように感じた。しかし、それと同時に、何か温かいものも感じた。
「おじいちゃん、それでも、また燕が来るように、何かが巡ってきたんだね」
ハルオは静かにうなずいた。
「そうだ。人も燕も、何かを失っても、また新しい何かを得るんだ。けれども、過去の思い出は心の中で生き続ける。それが別れの持つ意味だと、私は思うよ」
カナはしばらく燕たちを見つめていた。そして、彼女もまた、自分の中で何かが変わり始めるのを感じた。去っていく燕たちに手を振りながら、来年の再会を期待して。
「行ってらっしゃい。また来年会おうね」
心の中でそうつぶやいたカナは、秋風に吹かれながら、祖父と共に神社を後にした。燕が去り、冬が訪れ、そしてまた春が来る。その時、カナは再びこの場所で、彼らを迎えるだろう。そして、祖父が語った過去の想いとともに、彼女もまた新しい日々を歩んでいくのだ。
秋風が吹き始めるころ、町外れの古い神社の境内には、夏の終わりを告げるかのように、巣立ちの準備をしている燕たちがいた。彼らは春からこの場所に居着き、境内の軒下に巣を作り、命をつないできた。しかし、今では巣も静かで、空に舞い上がる姿が少なくなっている。燕たちは遠く暖かい南の国へ飛び立つ準備を整えていた。
「今年も、もう行ってしまうのね……」
神社の石段に腰掛けて、カナは燕たちの巣を見上げながらつぶやいた。彼女は小さな頃から毎年この燕たちを見守り続けてきた。春に帰ってくると、巣作りから子育てまで、その姿を眺めるのが彼女の小さな楽しみだった。だが、秋が近づくたび、カナはこの瞬間が寂しくてたまらなかった。
「燕はまた来年もここに戻ってくるってわかっているのに、やっぱり別れは切ないわ」
一緒にいた祖父のハルオは、カナの言葉に静かにうなずいた。
「そうだな。季節は巡り、また戻ってくる。けれども、その繰り返しの中でも、去る時の寂しさは消えないもんだ」
祖父の言葉はどこか遠くを見つめているようだった。彼はかつてこの神社の宮司として長年仕えてきたが、今は引退し、静かな生活を送っていた。毎年、燕たちがやってくるたびに、彼もまた昔のことを思い返すのだ。
「おじいちゃんも、そういう別れがあったの?」
カナは少し照れくさそうに聞いた。いつも穏やかな祖父の表情には、何か隠された想いがあるように感じたのだ。
ハルオは少し笑って、遠い目をしたまま語り始めた。
「そうだな。昔、私もひとつ、大切な別れを経験したことがあるんだ」
カナは驚いた。祖父が過去の話をすることは滅多になかった。彼はいつも今を大事にして生きているように見えていたからだ。
「私がまだ若かったころ、ここで一緒に働いていた女性がいたんだ。彼女は神社に仕える家の娘で、神事のことをよく知っていた。私たちはお互い助け合いながら、日々を過ごしていたんだ」
カナは祖父の話に耳を傾けた。彼が言うその女性は、祖母とは違う人物だとすぐに気づいた。
「その人と一緒にいる時間は、なんというか、心地よかったんだ。だけど、彼女はある日突然、神社を去ることになった。親が決めた縁談があってね。彼女も、神社を離れて新しい生活に向かうことになったんだ」
ハルオの表情に、一瞬だけ寂しさがよぎった。それは、若かりし頃の未練と哀しみが再び浮かび上がった瞬間だった。
「去ってしまった彼女に、何も言えなかった。それが私の一番の後悔だ。けれども、季節が変われば、また新しい日々がやってくる。彼女が去ったあとも、私はこの神社で生き続けた。そして、やがて君の祖母と出会い、家族を持った」
カナは少し切なくなった。彼女の知らない祖父の過去が、突然目の前に広がったように感じた。しかし、それと同時に、何か温かいものも感じた。
「おじいちゃん、それでも、また燕が来るように、何かが巡ってきたんだね」
ハルオは静かにうなずいた。
「そうだ。人も燕も、何かを失っても、また新しい何かを得るんだ。けれども、過去の思い出は心の中で生き続ける。それが別れの持つ意味だと、私は思うよ」
カナはしばらく燕たちを見つめていた。そして、彼女もまた、自分の中で何かが変わり始めるのを感じた。去っていく燕たちに手を振りながら、来年の再会を期待して。
「行ってらっしゃい。また来年会おうね」
心の中でそうつぶやいたカナは、秋風に吹かれながら、祖父と共に神社を後にした。燕が去り、冬が訪れ、そしてまた春が来る。その時、カナは再びこの場所で、彼らを迎えるだろう。そして、祖父が語った過去の想いとともに、彼女もまた新しい日々を歩んでいくのだ。
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