春秋花壇

秋のハイキング

秋のハイキング

秋晴れの朝、涼子は軽快な足取りで駅の改札を抜けた。今日は、大学のサークル仲間と一緒に秋のハイキングに出かける予定だ。普段は忙しくてなかなかみんなと集まる機会がないが、今回は久しぶりにスケジュールが合い、総勢10人が集まることになった。

「涼子、おはよう！」と声をかけたのは、サークルのリーダー、尚樹だった。彼はいつも明るくてみんなのムードメーカーで、今日の企画も彼の発案だ。「おはよう、尚樹！今日も張り切ってるね」と、涼子は笑顔で返した。尚樹はハイキングが大好きで、これまでも何度かみんなで山に登ったことがある。だが、今日は涼子にとって少し特別な日だった。

その理由は、一緒に登るメンバーの中に、涼子が密かに思いを寄せている男性がいたからだ。彼の名前は優斗。クールで無口なタイプだが、時折見せる優しい表情や、周囲をさりげなく気遣う姿に、涼子はいつしか惹かれていた。サークル内でも人気があり、女子からの視線も多い彼だが、誰にも心を開かない彼が何を考えているのか、涼子にはまだわからない。だからこそ、今日は少しでも彼と近づけるチャンスにしたいと思っていた。

駅から電車で一時間ほどの場所にある登山口に到着すると、すでに紅葉が美しく色づいていた。赤や黄色の葉が風に舞い、涼やかな空気に秋の香りを感じさせる。サークルメンバーは皆、登山の準備を整え、和やかな雰囲気でハイキングのスタートを切った。

涼子は登山道を歩きながら、少しずつ優斗との距離を縮めようと試みた。道端の景色や、紅葉について話題を振ったり、他のメンバーとの会話にさりげなく優斗を巻き込んだりした。しかし、優斗は相変わらず控えめな反応で、なかなか会話が続かない。涼子は少し焦りを感じつつも、諦めずに話しかけ続けた。

中腹に差し掛かった頃、サークルメンバーの誰かが、「あそこの展望台で休憩しよう！」と提案した。全員が同意し、一行は小さな展望台に集まった。そこでお弁当を広げたり、飲み物を分け合ったりしながら、みんなで楽しげに過ごした。

展望台から見下ろす景色は素晴らしく、遠くには街並みが小さく見え、周囲の山々は色とりどりに染まっていた。涼子はその景色を眺めながら、ふと隣に立つ優斗に声をかけた。「本当にきれいだね。こんなに色鮮やかなの、初めて見るかも。」

優斗は一瞬だけ涼子に目を向け、そして静かに頷いた。「うん、確かに。いつもは忙しくて、こうして自然の中に来る機会がないから、いいリフレッシュになるよね。」その言葉に、涼子は少しだけ胸が高鳴った。短い言葉の中にも、彼が今日のこの時間を楽しんでいることが伝わってきたからだ。

昼食を終えた後、登山は再開されたが、ここからが本番だった。急な坂道が続き、疲れが少しずつみんなの足に重くのしかかってくる。涼子も次第に息が上がり、足取りが重くなってきた。その時、優斗がふと涼子の隣に寄り添ってきた。「大丈夫？ペースを合わせるから無理しないでね。」彼のその一言に、涼子は疲れを忘れてしまうほど嬉しかった。

二人はそのまま、少しずつ話をしながら歩き続けた。優斗は普段あまり話さない分、ふとした瞬間に見せる言葉の選び方や、気遣いのある態度が、涼子には特別に感じられた。涼子は自分の気持ちがどんどん強くなっていくのを感じながら、優斗と並んで歩くこの時間が永遠に続けばいいのにと思った。

頂上に到着したとき、全員が達成感に包まれていた。風が少し冷たく感じる中、山頂からの景色は絶景で、涼子の心は一気に開放感に満たされた。「やったね、涼子！」尚樹が声をかけ、みんなで写真を撮ったり笑い合ったりした。その瞬間、優斗がふと涼子の方を向いて、「今日、一緒に来れて良かった」とぽつりと言った。その言葉は、まるで秋の空気の中で音もなく消えていくような、穏やかで控えめなものだったが、涼子にとってはその日一番の宝物となった。

下山の道すがら、涼子と優斗は自然と寄り添いながら歩き続けた。周囲の景色は再び紅葉のトンネルの中に入り、木々の間からこぼれる光が二人の道を照らしていた。涼子は心の中で、今度こそ自分の気持ちを伝えようと決意した。もう少しだけ、二人の距離が縮まればきっと言えるはずだと。

帰りの電車の中、疲れ切ったメンバーたちが座席に深く腰を下ろしている中、涼子は優斗の隣に座り、静かに外の風景を眺めていた。色とりどりの秋の木々が流れる車窓の向こうで、涼子はこれからの自分たちの未来を思い描いた。少しずつ、確かな一歩を踏み出しながら、二人は新しい季節を迎えようとしていた。涼子の心には、優斗との新しい物語が静かに芽生え始めていたのだ。