春秋花壇

三世代で祝う菊の節句

「三世代で祝う菊の節句」

重陽の節句、9月9日の朝。空は澄み渡り、涼やかな秋風が庭を通り抜ける。木々の葉が色づき始める中、三世代で暮らす松原家では、今年も菊の節句を迎える準備が進められていた。和やかな雰囲気が漂う家には、祖母の静子（しずこ）、母の美智子（みちこ）、そして娘の花子（はなこ）の三人が、それぞれの役割を持ちながら祭りの用意をしていた。

「おばあちゃん、菊の花がとってもきれいに咲いてるよ！」

朝早く起きた花子が、庭で満開の菊の花を眺めながら声をあげる。庭には白や黄色、紫の菊が美しく咲き誇り、その香りが風に乗って家中に広がっていた。静子は優しい笑みを浮かべながら、孫の花子に寄り添い、菊の花を指さした。

「そうでしょう、花子ちゃん。菊は長寿や無病息災を願う花なのよ。今日のために、大切に育てたんだから。」

静子はそう言いながら、自らが育てた菊を眺める。彼女は子供の頃から菊の節句を大切にしてきた。今では孫と一緒にこの伝統を楽しめることが、静子にとって何よりの喜びだった。

その間、台所では美智子が菊酒の準備を進めていた。小さな金色の花びらを一つ一つ丁寧にちぎり、盃に浮かべる。美智子は母の静子から教わった通りに、菊の花びらを使って家族の健康を願う菊酒を作り続けていた。

「お母さん、準備ができたわよ。おじいちゃんとお父さんも呼んできて。」

美智子の声に応え、花子は元気よく走り出す。リビングには祖父の健一（けんいち）と父の正彦（まさひこ）が新聞を広げて談笑していた。花子は二人に声をかけ、庭に招いた。

全員が揃ったところで、松原家の庭には一層の温もりが漂う。静子がまず菊酒を注ぎ、美智子がそれを家族一人一人に手渡す。黄金色の菊の花びらが浮かぶ酒は美しく、光を受けてきらめいていた。

「みんなで一緒に長寿を願いましょう」

静子が静かに口を開き、家族全員が盃を掲げる。菊の香りが鼻腔をくすぐり、その芳しい香りが心に染み渡る。小さな盃を口に運び、菊酒の優しい味わいを楽しむと、家族の絆が一層深まるのを感じた。

その後、静子は菊の被綿を持ち出し、孫の花子と一緒に菊の花に真綿をかぶせる作業を始めた。白い綿が菊の上にかぶせられ、夜露と菊の香りを吸い取る様子を見守る。静子は優しく語りかけた。

「これが明日の朝には、菊の香りと夜露でしっとりするのよ。そしてその綿で顔を拭くと、健康でいられるんだって。昔からずっと続いていることだから、花子ちゃんも覚えておいてね。」

花子はその言葉に頷きながら、興味津々で静子の手元を見つめていた。初めて自分の手で菊の被綿をかぶせるという経験は、花子にとっても新鮮で特別なものだった。

夕方には、家族全員で菊湯に入る準備を整えた。美智子は湯船に浮かべるための菊の花を丁寧に選び、浴室に飾る。菊の香りが風呂場中に広がり、心も体も癒されるような気分にさせた。静子が先に湯船に入り、その後に花子が続く。

「わあ、いい香り。菊の花でお風呂に入るなんて、なんだか特別な感じがするね」

花子は湯船に浮かぶ菊を手に取り、嬉しそうに笑った。美智子も湯船の隣に座り、二人で楽しげに会話を交わす。家族全員で菊湯を楽しむその光景は、日常から少し離れた特別なひとときを象徴していた。

夜には、栗ご飯と月に見立てた里芋を使った料理がテーブルに並んだ。美智子が丹精込めて作った料理は、秋の味覚を存分に楽しめるもので、家族全員の笑顔が絶えなかった。

「栗ご飯、今年も美味しいね。お母さんの料理はいつも最高だよ」

正彦が美智子に声をかけ、健一も静かに頷いた。花子も頬張りながら「おいしい！」と声をあげ、その様子に静子も満足げに笑みを浮かべた。

最後に、静子は「後の雛」として、お雛様を飾った。重陽の節句に合わせて飾るこの後の雛は、また別の願いを込めたものであり、家族の健康と平和を象徴していた。静子が飾ったお雛様は、代々受け継がれてきたもので、その美しい装いは見る者を魅了した。

こうして松原家の菊の節句は、世代を超えて続く伝統として、家族の絆を深める一日となった。それぞれが大切にしている思い出や願いを共有し、互いの存在を改めて感じることができたこの日。三世代で過ごす菊の節句は、静かで穏やかで、しかし何よりも温かいものであった。