春秋花壇

草露白の朝

「草露白の朝」

その日は静かな朝だった。早朝の冷たい空気が、秋の訪れを告げるかのように肌を撫でていた。里山の小道を歩くと、草の露が白く光り始める様子が目に飛び込んできた。まさに「草露白」、秋の初めを彩る自然の芸術だった。

緑の葉先には小さな雫がぷっくりと膨らみ、朝陽が当たるとキラキラと輝く。まるで小さな宝石が一面に散りばめられたようで、その光景は息を呑むほど美しかった。葉の種類によって、露の形も様々である。丸いもの、長細いもの、幾何学的な形を作るもの。まるで自然が自らの手で丁寧に配置したかのような、規則的でありながらもどこか自由な模様がそこに広がっていた。

「朝の露はこんなにも美しいんだな…」と、葉に触れないようにそっと観察する。かすかに触れるだけで、露はころりと転がり落ちてしまうほど繊細だ。露が草や花の先端に宿る様子は、まるで夜の間に精霊たちが舞い降りて、朝の光で消えてしまう前の一瞬の輝きを楽しんでいるかのようだった。

その美しさに見とれていたそのとき、遠くから足音が近づいてくるのが聞こえた。振り向くと、妻の奈美がゆっくりと歩いてくる姿が見えた。奈美もまた、自然を愛する人で、休日の早朝には二人で散歩を楽しむのが習慣になっていた。

「おはよう。早いね」と奈美が微笑んだ。彼女もまた、露の輝きを楽しんでいる様子だった。

「おはよう、奈美。見て、草の露がすごく綺麗だよ」と僕は小さな声で答えた。まるで大きな声を出すと、この静かな美しさが壊れてしまうかのように感じたからだ。

奈美もまた、草の露に目を向けた。「本当に…自然ってすごいよね。ただの水滴なのに、こんなに綺麗になるんだもん」と、彼女の声には感嘆の色があった。

僕たちはしばらくの間、何も言わずに露の輝きを見つめ続けた。その瞬間、朝の静寂が二人を包み込み、ただ美しいものを共に感じるという純粋な喜びがそこにあった。奈美はそっとスマホを取り出し、露を撮影しようと試みた。シャッター音が響くと、画面には朝露が光る草が映し出された。

「写真もいいけど、やっぱり実際に見るのが一番ね」と奈美は小さく笑った。その笑顔は、朝陽に照らされているように見えた。僕はその姿を見て、自分もまた、奈美と共にこの瞬間を感じることができて幸せだと心から思った。

「奈美、ここに来て一緒に見ようよ」と、僕は彼女に声をかけた。奈美は頷いて僕の隣に座った。二人で肩を寄せ合い、ゆっくりと朝の露が蒸発していく様子を眺めた。露は徐々に小さくなり、太陽の光に吸い込まれるように消えていった。

「消えていく様子もまた美しいね…」と僕がつぶやくと、奈美も静かに頷いた。「そうね。露って儚いけれど、その一瞬の輝きがこんなに心に響くのがすごいと思う」と彼女が答えた。

僕たちはそのまま、ゆっくりと時間を過ごした。露が完全に消えるまでの間、言葉を交わすことなく、その美しい自然のサイクルを静かに見守っていた。草露白の世界は、ただ見るだけでなく、触れずに感じ取ることができる。この一瞬の輝きこそが、自然の持つ力と魅力の象徴なのだろう。

家に帰る途中、奈美がぽつりとつぶやいた。「また、こんな朝を過ごせたらいいね」

僕は微笑んで頷いた。「そうだね。自然の美しさを見つけるのって、本当に贅沢な時間だよ」

その言葉に、奈美も満足そうに微笑んだ。秋の訪れを告げる草露白の朝は、僕たちの心に深く刻まれた。これからも、季節の変わり目を感じながら、自然の美しさを共に楽しんでいこう。そんな思いを胸に、僕たちは家路に着いた。