春秋花壇

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
482 / 653

梨のおいしさに包まれて

しおりを挟む
梨のおいしさに包まれて

梨の季節がやってきた。初秋の空気が少しずつ涼しくなる中、スーパーの果物売り場には新鮮な梨が山積みになっている。美香は、季節の果物が好きで、特に梨が大好物だ。シャリシャリとした食感と、口いっぱいに広がる瑞々しい甘さは、一口ごとに秋の訪れを感じさせてくれる。

美香は一袋の梨を手に取ると、その重さを確かめるように持ち上げた。果皮は薄く、ほんのりと甘い香りが漂ってくる。買い物を終えて家に帰ると、彼女は早速、梨を洗い始めた。冷たい水でさっと洗い流し、ペーパータオルで丁寧に拭く。その瞬間、子供の頃を思い出す。家族で食卓を囲んで梨を食べたあの日々のことを。

彼女の母は、いつも梨を薄くスライスしてお皿に並べてくれた。梨の皮を器用に剥く母の手さばきを、幼い美香は隣でじっと見つめていたものだ。母が皮を剥き終わると、梨の白い果肉がきれいに現れ、その一片を口に入れると、何とも言えない幸福感が広がった。そんな思い出が、今も鮮明に蘇る。

美香は包丁を手に取ると、梨の皮を剥き始めた。熟練の手つきで滑らかに皮を剥いていくと、瑞々しい果肉が現れる。手早く一口大に切り分けた梨をお皿に並べて、いざ、ひとりの梨パーティーの始まりだ。

彼女は一片の梨をつまみ、口に運んだ。シャリシャリとした食感が心地よく、果汁が口の中で弾ける。その瞬間、まるで口いっぱいに秋が広がったかのような感覚に包まれる。甘さと酸味のバランスが絶妙で、ついもう一切れ、そしてまたもう一切れと、手が止まらなくなる。

「おいしい…」美香は一人ごちた。梨を頬張りながら、窓の外を見る。青空が広がり、風がそよそよと吹いている。季節の移り変わりを感じさせる空気の中で、彼女は穏やかなひとときを過ごしていた。

梨を食べると、どうしても昔のことを思い出す。小学校の遠足でお弁当と一緒に持っていった梨のこと、夏休みに祖母の家で食べた井戸水で冷やされた梨のこと、そして家族での梨狩りの思い出。それらの記憶がまるでスライドショーのように流れ、美香の心に温かさを与えてくれる。

食べ終わるころ、彼女はふと、母に電話をしてみたくなった。最近は忙しくて、あまり話せていなかったからだ。電話をかけると、母の明るい声が聞こえてきた。

「もしもし、美香?」

「お母さん、今、梨食べてたの。なんだか懐かしくなって、声が聞きたくなっちゃって」

「まあ、そうなの?いいわね、梨。私もさっき買ったのよ。やっぱりこの季節は梨が一番だわ」

二人はしばらく梨の話をしながら、笑い合った。いつもと変わらない会話の中に、どこか安心感と幸せが満ちていた。

「また一緒に梨食べようね」と言う美香の言葉に、母は「もちろんよ」と笑って答えた。その言葉の温かさに、美香はほっとした。電話を切った後、彼女はもう一度窓の外を見つめた。梨を食べた後の爽快感と、母との温かい会話のおかげで、心が晴れやかになった気がする。

美香は残りの梨を冷蔵庫にしまいながら、明日は職場に持っていこうと思った。誰かと一緒に梨を食べれば、この幸せな気持ちがもっと広がるだろう。仲間と一緒にシャリシャリと音を立てて梨を頬張ることを想像すると、自然と笑みがこぼれた。

梨がただの果物ではなく、美香にとって大切な思い出や家族との絆を繋ぐ象徴となっていることに気づき、彼女は改めて感謝の気持ちを覚えた。どんなに時が経っても、この味わいは変わらずに彼女の心を満たしてくれるだろう。

秋の風が窓から入り込み、彼女の頬を優しく撫でる。梨の季節は、まだまだ続く。明日もまた、シャリシャリもぐもぐと、梨のおいしさに包まれながら、美香は自分のペースで秋を楽しんでいくことだろう。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

神・悪魔・人間・罪

春秋花壇
現代文学
神・悪魔・人間・罪

ぐれい、すけいる。

羽上帆樽
現代文学
●時間は過ぎる。色を載せて。 近況報告代わりの日記帳です。描いてあるのは、この世界とは別の世界の、いつかの記録。とある二人の人生の欠片。1部1000文字程度、全50部を予定。毎週土曜日に更新します。

インスタントフィクション 400文字の物語 Ⅰ

蓮見 七月
現代文学
インスタントフィクション。それは自由な発想と気軽なノリで書かれた文章。 一般には文章を書く楽しみを知るための形態として知られています。 400文字で自分の”おもしろい”を文中に入れる事。それだけがルールの文章です。 練習のために『インスタントフィクション 400文字の物語』というタイトルで僕の”おもしろい”を投稿していきたいと思っています。 読者の方にも楽しんでいただければ幸いです。 ※一番上に設定されたお話が最新作です。下にいくにつれ古い作品になっています。 ※『スイスから来た機械の天使』は安楽死をテーマとしています。ご注意ください。 ※『昔、病んでいたあなたへ』は病的な内容を扱っています。ご注意ください。 *一話ごとに終わる話です。連続性はありません。 *文字数が400字を超える場合がありますが、ルビ等を使ったためです。文字数は400字以内を心がけています。

変態紳士 白嘉の価値観

変態紳士 白嘉(HAKKA)
現代文学
変態紳士 白嘉の価値観について、語りたいと思います。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...