春秋花壇

天地始粛(てんちはじめてさむし)

「秋風の訪れ」

八月の終わり、夏の終焉を告げるころ。町の小さな公園には、まだ残暑が残るものの、空気のどこかに秋の気配が漂い始めていた。この時期、「天地始粛」と呼ばれ、暑さが鎮まり、万物が改まると言われている。夜になると、北から冷たい風が運ばれてくる。松虫や鈴虫の虫の音が徐々に響き渡り、夏の喧騒を忘れさせるようだった。

公園のベンチに座る老婦人、文子さん（78）は、その変化を深く感じ取っていた。文子さんは長年この町に住んでおり、季節の移ろいを感じることができる特別な感受性を持っていた。彼女の目は、やがて色づく木々と、ほんのり青くなった空に向けられていた。彼女の周りには、季節の変わり目を迎える風が、穏やかなさざ波のように流れていた。

文子さんの生活はシンプルで、ほとんどが日々の散歩と公園での読書で構成されていた。この日も、彼女はいつものように、愛用の古びた本を持って公園にやってきた。読みかけのページをめくるその間に、彼女は目を閉じて、秋風の心地よさに身を委ねることが多かった。

しかし、今日は普段と違う気配を感じていた。いつもはただ静かなだけの公園が、秋の虫たちの合唱によって、新たな命を吹き込まれたように感じた。松虫の心地よい音色が、彼女の耳に届き、鈴虫の高い音がさらにその心地よさを引き立てていた。文子さんはそれらの音に耳を傾けながら、自分の内面に広がる穏やかな感情を感じ取っていた。

公園での散歩中、文子さんはふと一人の青年に目を留めた。彼は初めて見かける人で、手にはカメラを持ち、秋の風景を撮影していた。その青年は、季節の変わり目に敏感で、秋の風景を捉えようとしているようだった。文子さんはその姿に興味を持ち、静かに近づいていった。

「こんにちは、あなたも秋の訪れを感じているの？」文子さんが優しく声をかけると、青年は驚いた様子で振り返った。彼は笑顔で答えた。「はい、こんにちは。秋の風景がとても美しいので、カメラで残しておきたくて。」

「秋の虫たちの音色も素敵ですね。」文子さんは言った。「この時期の風は、まるで自然が私たちに穏やかな心を与えてくれるような気がします。」

青年は頷きながら、「そうですね。私もこの虫の音に心を癒されています。秋の訪れが感じられると、何だか心が落ち着くんです。」

文子さんと青年はしばらく、秋の風景と虫の音について語り合った。文子さんはこの青年が自然と心の繋がりを感じていることに感銘を受け、心が温まった。彼との会話を通じて、彼女は自分が感じていた秋の風の心地よさが、他の人にも共有できることに気づいたのだった。

その後、青年は文子さんにカメラで撮影した秋の風景の写真を見せてくれた。写真には、秋の木々や虫たちが美しく映し出されていた。文子さんはそれを見て、秋の訪れがいかに特別なものであるかを改めて実感した。

「これからもこの美しい季節を大切にしながら、心を穏やかに過ごしていきたいと思います。」文子さんは青年に言った。

青年は微笑みながら、「はい、ぜひ。自然の美しさと穏やかさを感じることができると、心がとても豊かになりますから。」

その日、文子さんは公園を後にする際、秋風の心地よさに包まれて、心が軽くなった。彼女はまた、新たな季節の始まりを迎えることができたという充実感を感じながら、家路についた。

秋の風が町に静かに広がり、季節の変わり目を迎える中で、文子さんの心にも新たな希望と穏やかさが広がっていった。それは、虫の音と風の中にこそ、人生の美しさと心の安らぎがあることを教えてくれる、特別なひとときだった。


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第四十一候　処暑　次候

天地始粛(てんちはじめてさむし)　

8月28～9月1日頃

ようやく暑さが鎮まる

暑さも収まり、秋の虫の音が聞こえる
粛は鎮まる、弱まるという意味。
万物が改まるとされる時期。
北の方からゆっくり南下しながら
冷たい風を運んでくる。
松虫や鈴虫の虫の音が響いてくる。