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晩夏の約束

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「晩夏の約束」

8月の終わり、東京の街はまだ暑さが残るものの、少しずつ秋の気配が漂い始めていた。涼しさを求めて、人々は夕方になると公園や川辺に集まり、ゆっくりとした時間を楽しんでいた。

美咲はそんな中、毎年恒例の夏祭りに友人たちと訪れていた。金魚すくいや射的、屋台での食べ物など、祭りの楽しさは相変わらずだったが、美咲の心はどこか浮ついていた。心の奥には、いつも消えない想いがあった。彼女は、昨年の夏祭りで出会った男性、涼太との再会を期待していたのだ。

涼太とは、昨年の夏祭りで偶然出会った。彼は美咲が金魚すくいで失敗したところを助けてくれ、それをきっかけに二人はその夜、一緒に祭りを楽しんだ。涼太は穏やかで優しい笑顔の持ち主で、美咲は一瞬で彼に惹かれた。しかし、祭りの終わりに涼太は「また来年、この場所で会おう」と約束して姿を消した。それ以来、美咲は彼のことが頭から離れず、夏が来るのを待ち望んでいた。

友人たちと一緒に祭りを回りながらも、美咲の目は涼太を探していた。しかし、人混みの中で彼の姿を見つけることはできなかった。友人たちは「美咲、何か探しているの?」と不思議そうに尋ねたが、彼女は笑って「ううん、何でもないよ」と答えた。

やがて日が暮れ、祭りのフィナーレを迎えた。打ち上げ花火が夜空を彩り、周りの人々は歓声を上げた。しかし、美咲の心はどこか沈んでいた。涼太は約束を忘れてしまったのだろうか。それとも、何か理由があって来られなかったのか。そんな考えが彼女の心を締め付けた。

花火が終わり、友人たちと別れた美咲は、一人で昨年涼太と別れた場所に向かった。人々が次第に少なくなり、祭りの喧騒も遠のいていく中、美咲はそっと溜息をついた。彼女は涼太との再会を期待していたが、その期待は叶わなかったようだった。

しかし、彼女が立ち去ろうとしたその瞬間、背後から名前を呼ばれた。「美咲さん!」振り返ると、そこには涼太が息を切らして立っていた。

「ごめん、美咲さん。遅れてしまって。本当に来られないかと思って…でも、どうしても来たかったんだ」と、涼太は申し訳なさそうに言った。

美咲の胸は一瞬で温かくなり、涙がこぼれそうになった。「涼太さん…会えて良かった。ずっと待ってたの」と、彼女は素直な気持ちを伝えた。

涼太は優しく微笑んで、美咲の手を取った。「来年も、また一緒に来よう。この場所で、同じように花火を見て、美咲さんと過ごしたいんだ。」彼の言葉に、美咲はただ頷いた。

二人は並んで歩きながら、祭りの終わりを惜しむかのように夜空を見上げた。夏の終わり、晩夏の静けさの中で、新たな約束が交わされた。美咲は涼太と共に過ごす未来を夢見ながら、心からの幸せを感じた。そして、涼太と手を繋いで歩くその瞬間、美咲の心には来年もまた、この場所で涼太と一緒に花火を見たいという強い願いが刻まれた。

二人は、夏の終わりに始まった新たな物語を胸に、ゆっくりと歩いて行った。晩夏の夜風が、二人の未来を優しく包み込むように吹き抜けていった。








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