春秋花壇

明易（あけやす）

明易（あけやす）

古い田舎町の片隅に、ひっそりと佇む家があった。その家の門には「明易（あけやす）」と刻まれた木製の表札がかかっている。明易は、祖母から母へ、そして今は主人公である和也へと代々受け継がれてきた家であった。

和也は幼い頃から、夏休みになるとこの家で過ごすことが習慣となっていた。都会での生活に疲れたとき、この家で過ごすひとときが彼の癒しだった。祖母の優しい微笑みと、広がる田んぼの緑の海が、和也の心を穏やかにしてくれた。

しかし、和也が大人になるにつれ、祖母が亡くなり、母も体調を崩してしまった。都会の生活に追われ、家を守る者がいなくなり、明易の家は次第に朽ち果てていった。それでも、和也はこの家が自分にとって特別な場所であることを忘れたことはなかった。

ある夏の日、和也は久しぶりに明易を訪れる決心をした。都会の喧騒から逃れ、久しぶりに静かな田舎の風景を味わいたいという思いが強くなっていたのだ。

家に到着すると、かつての美しい庭は草に覆われ、木々は伸び放題になっていた。門を開けて敷地に入ると、懐かしい木の香りが鼻をくすぐった。和也は古びた玄関の引き戸を開け、中へと足を踏み入れた。

「ただいま、ばあちゃん…」と呟くと、和也は家の中を歩き回り、祖母が使っていた部屋へと向かった。そこには、祖母が毎朝拝んでいた仏壇がそのままの状態で残っていた。和也は仏壇の前に座り、静かに手を合わせた。

その時、ふと視線を上げると、仏壇の上に一冊の古い日記が置かれているのに気付いた。和也は日記を手に取り、ページをめくり始めた。そこには、祖母が書き残した想いが詰まっていた。

「明易を守ることが、私たちの役目。そして、ここに来る者すべてを暖かく迎え入れるのが、この家の務め…」と祖母の日記には記されていた。和也はその言葉を読み、心の中に祖母の温もりを感じた。

「ここは、ただの家じゃないんだ。誰かが来るのを待っているんだ…」と和也は確信した。そして、祖母の願いを受け継ぎ、この家を守る決意を固めた。

翌日、和也は町の人々に助けを求め、家の修繕を始めた。町の人々は、和也の決意に心を打たれ、次々と手伝いにやってきた。家は次第に昔の姿を取り戻し、再び明易の名にふさわしい場所へと変わっていった。

修繕が終わると、和也は家の門に新しい表札を掛けた。それは、かつての表札と同じ「明易」という文字が刻まれたものだった。

その日、家の中にかつての温もりが戻り、和也はその場所がただの建物ではなく、代々受け継がれてきた「家族の心」であることを再認識した。これからもこの家を守り続け、訪れる者たちを暖かく迎え入れることを誓った和也の心には、祖母の微笑みがいつまでも宿っていた。