春秋花壇

つれづれなるまゝに

つれづれなるまゝに

庭に立ち尽くすと、風が軽く頬を撫でていくのを感じた。青々と茂る木々の葉がささやくように揺れ、鳥たちのさえずりが遠くから聞こえてくる。時間が静かに流れるこの場所で、私は一人、静かな思索に耽っていた。

「つれづれなるままに」と、ふと口に出してみる。世俗の喧騒から離れたこの古い家は、私にとって、まさに「つれづれ」の象徴のような場所だった。現代の忙しさとは無縁の、この静寂な環境が、私の心を自由に遊ばせてくれる。

家の中に戻ると、古びた硯が机の上に置かれている。私の祖父が愛用していたもので、その深い色合いと滑らかな手触りは、いくつもの時代を経た証だ。硯に向かい、筆を取り、墨をすり始める。香り高い墨の香りが立ち上り、心が静かに整えられていく。

「日くらし硯に向かひて」と、自分に言い聞かせるように呟く。今日は一日、特に予定もなく、この静かな時間を過ごすことだけが私の目的だ。心に浮かぶまま、筆を走らせるのもいいだろう。

硯から墨をとり、筆にしっかりと含ませると、紙の上に最初の文字を落とした。墨の黒が、白い紙の上で鮮やかに広がる様子に、何とも言えない快感を覚える。文字を書くという行為そのものが、私の心を解放し、日常の喧騒を忘れさせてくれるのだ。

「心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば」と、言葉が自然と湧き上がってくる。私の頭の中には、数多くの思考や感情が渦巻いている。社会のこと、家族のこと、友人との会話、そして自分自身のこと。普段は意識しないような小さなことが、今この瞬間に、まるで目の前に現れるかのように鮮明に感じられる。

「あやしうこそものぐるほしけれ」と、最後に書き添える。まるで、この瞬間に全てが一つに繋がり、私の心が異次元の世界に飛び込んでいくかのようだ。現実と夢の境界が曖昧になり、全てが一体化していく。この感覚は、現代の忙しい日常の中では得難いものだ。

一旦筆を置き、しばらくの間、書き終えた紙を見つめる。無意識に書き連ねた文字たちが、私の心の内を忠実に映し出しているように感じられた。そこには、普段口にすることのない感情や思考が、自然と滲み出ていた。

私は再び外へ出て、庭の草花に目を向けた。自然の中で、風に揺れる花々は、私の心をさらに穏やかにさせてくれる。静かな時間が流れる中で、私はこれからも「つれづれなるままに」この家で過ごし、日々の出来事や思いを、筆に託していくのだろう。

夕方になると、空が赤く染まり、やがて夜が訪れる。私はその静寂の中で、今日の自分の時間を振り返りながら、心地よい疲れを感じる。無駄のない、意味のある一日だった。心の中で、今日のことを反芻しながら、また明日もこの家で、何も考えずに筆を走らせる自分を思い描く。

つれづれなるままに過ごすことで、私の心は自由になり、現実の束縛から解放される。この小さな古い家と、そこに広がる庭は、私にとって、心の安らぎの場所であり、内なる自分と対話する場所でもある。

その日も、私は夜が更けるまで硯に向かい、心に浮かぶままのよしなし事を、書き連ねていた。そして、最後に一言、心の奥底から湧き上がる言葉を、静かに書き加えた。

「この家で、つれづれなるままに生きる、それが私の幸せだ。」