春秋花壇

西瓜 東を見て笑う

『西瓜 東を見て笑う』

夏の午後、蒸し暑さが田舎の小道に重くのしかかる。緑の稲穂が風に揺れ、遠くには山のシルエットがかすかに浮かび上がっていた。その小道の脇にある小さな畑で、一人の老婦人が汗を拭いながら、西瓜の手入れをしていた。

彼女の名前は松本春代。町外れのこの静かな場所で、彼女は一人で暮らしている。夫を亡くしてから20年余りが過ぎ、子供たちも都会に出て独立した。春代の唯一の楽しみは、自分で育てた作物を眺めることと、たまに孫たちが遊びに来ることだけだった。

この日も、春代は自慢の西瓜畑にやってきた。土の中で大きく膨らんだ西瓜たちは、陽の光を浴びて黒光りしている。その西瓜の一つ一つに手を触れ、重みを確かめるようにして、春代は微笑んだ。

「今年もいい出来だねぇ」

春代は独り言のように呟いた。彼女の目の前には、青々とした葉っぱの下に隠れている大きな西瓜が、まるで宝石のように輝いて見えた。しかし、その瞬間、彼女の心に一抹の寂しさが広がった。西瓜を一緒に収穫し、切り分けて、冷たい井戸水で冷やして食べた、夫との夏の思い出が蘇ってきたのだ。

「元気だったら、今頃一緒に食べてたんだろうに…」

春代は遠く東の方角を見つめた。その先には、夫と共に育った故郷がある。けれども、夫が亡くなってからは一度も戻ることがなかった。東の空は、淡い青空が広がり、どこまでも続いているように見えた。

突然、軽やかな笑い声が聞こえた。春代は驚いて振り返ると、遠くから孫たちが駆け寄ってくるのが見えた。久しぶりに遊びに来た孫たちは、元気いっぱいに走りながら、彼女の畑に飛び込んできた。

「おばあちゃん！西瓜、今年も大きく育ったね！」

孫たちは目を輝かせ、西瓜の大きさに驚きながら笑っていた。その笑顔を見ると、春代の心の中に温かな気持ちが広がった。彼女は孫たちを抱きしめ、「さあ、一緒に収穫しようか」と言って、彼らと共に西瓜を摘み始めた。

畑での収穫が終わり、家に戻ると、春代はさっそく西瓜を井戸水で冷やし始めた。孫たちはその間も元気に遊び回り、彼女の周りを走り回っていた。

夕暮れ時、家族みんなが揃い、食卓には冷えた西瓜が並べられた。春代はその中の一つを切り分け、みんなに配った。赤く熟した果肉に、甘い香りが漂い、孫たちは大喜びで食べ始めた。

「おばあちゃん、この西瓜、すごく美味しいよ！」

孫の一人が大きな口で西瓜を頬張りながら、春代に言った。彼女は微笑みながら、そっと東の空を見上げた。夕焼けに染まった空が、まるで故郷の思い出を呼び起こすかのように、優しく広がっていた。

春代はその瞬間、胸の中に温かな感情が湧き上がるのを感じた。夫と共に過ごした夏の日々、笑い合いながら食べた西瓜の味。彼女はその思い出を胸に、これからも毎年この畑で西瓜を育て、家族と共に笑い合いながら過ごしていくのだと決心した。

「ありがとうね」

春代は小さく呟き、目を閉じた。彼女の心の中で、故郷と夫への感謝の念が静かに広がっていった。そして再び目を開けると、彼女は西瓜を口に運び、優しい甘さが広がるのを感じながら、東の方を見つめて微笑んだ。

その笑顔は、まるで遠くにいる誰かに向けた感謝の気持ちを表しているかのようだった。そして、夏の終わりを告げる風が、そっと彼女の頬を撫でた。