春秋花壇

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蝉時雨

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蝉時雨

夏の盛り、都心の喧騒を逃れて田舎の祖父母の家に来たナオミは、まるで時間が止まったかのような静けさに包まれていた。木々が生い茂る庭先には、蝉の鳴き声が降り注いでいた。それはまるで雨のように、途切れることなく続いていた。

「ナオミ、こっちでお茶でも飲もうか」

祖母の優しい声に促され、縁側に腰を下ろしたナオミは、冷たい麦茶を受け取った。氷がカランと音を立て、冷たさが手のひらに伝わってきた。ふと目を閉じると、蝉時雨の音に包まれて心が落ち着いていくのを感じた。

「蝉の声、すごいね」

「そうね、夏になるとこの音が聞こえると、もうすぐお盆が来るなって感じるんだよ」

祖母は微笑みながら答えた。都会の喧騒に慣れていたナオミには、この静かな田舎の風景が新鮮で、心地よかった。子供の頃、この庭で遊んだ記憶が蘇り、懐かしい気持ちが胸に広がった。

夕方になると、蝉の声は次第に弱まり、代わりに涼しい風が吹き始めた。祖母が夕食の準備をしている間、ナオミは庭を散策することにした。久しぶりに訪れた庭は、以前よりも少し荒れた感じがしたが、それでも懐かしさは変わらなかった。

「ナオミ、おばあちゃんがね、この庭には秘密の場所があるって言ってたんだけど、知ってる?」

幼い頃、祖父がよく語ってくれた話を思い出しながら、ナオミは庭の奥へと歩みを進めた。大きな木の陰に隠れた小さな祠が、そこにはあった。祠の前には小さな石の階段があり、ナオミはその一段一段をゆっくりと上がっていった。

「この祠、昔からあったの?」

祖母に尋ねると、彼女はうなずいて答えた。

「そうよ。この祠はね、昔から家族の守り神として大切にされてきたの。あなたのおじいちゃんも、ここでよくお祈りをしていたわ」

ナオミは祠の前で手を合わせ、心の中で静かに祈った。祖父母が大切にしてきたこの場所が、彼女にとっても大切な場所になるようにと願った。

夜になり、田舎の夜空には満天の星が広がっていた。都会では見ることのできない星々が、まるで手に取るように近く感じられた。ナオミは祖母と一緒に縁側に座り、静かな夜空を見上げた。

「おばあちゃん、ありがとう。この場所に来ると、なんだか心が落ち着くんだ」

祖母は微笑みながら、ナオミの手を優しく握った。

「それは良かったわ。ここには、あなたがいつでも帰って来られる場所があるのよ」

蝉時雨の音が遠くから聞こえてくる中、ナオミは祖母の言葉に心から感謝した。彼女にとって、この田舎の家は、いつでも帰ることのできる心の故郷であり、蝉の声が響くこの庭は、永遠に彼女の心に残る場所となった。

翌朝、ナオミは早起きして再び庭を歩いた。朝露に濡れた草の匂いが新鮮で、蝉たちが再び一斉に鳴き始める前の静けさが心地よかった。彼女は祖父のことを思い出しながら、庭の奥へと足を進めた。

祠の前で再び手を合わせたナオミは、祖父がここでどんなことを祈っていたのかを想像した。きっと家族の幸せを願っていたに違いない。そんな思いにふけっていると、ふと風が吹き抜け、木々の間から朝日が差し込んできた。

その光景に、ナオミは心から癒され、また新たな力が湧いてくるのを感じた。田舎の静かな生活と、自然の美しさに包まれたこの場所が、彼女の心を豊かにし、未来への希望を与えてくれると確信した。

祖母の家で過ごす数日間、ナオミは毎日をゆったりと過ごし、心身共にリフレッシュすることができた。蝉時雨の音が彼女の心に刻まれ、田舎の風景が彼女にとって特別な意味を持つようになった。

都会に戻る日が近づいてくると、ナオミは少し寂しい気持ちになったが、またこの場所に戻って来られるという安心感が彼女を支えてくれた。彼女は祖母に感謝の気持ちを伝え、再び訪れることを約束した。

帰りの列車に乗り込む前、ナオミは一度振り返り、祖母の家と庭を見つめた。蝉の声がまだ聞こえてくる中で、彼女は心の中で静かに「また来るね」と呟いた。

そして、ナオミは新たな一歩を踏み出し、都会の生活に戻って行った。彼女の心には、蝉時雨の音と田舎の静けさが永遠に残り、これからの人生においても彼女を支えてくれると信じていた。








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