春秋花壇

雨に濡れた心

雨に濡れた心

東京の夏は、今年も暑かった。早朝から太陽がギラギラと輝き、人々は日陰を求めて街をさまよう。そんなある日、私は駅前のカフェで一息ついていた。アイスコーヒーを飲みながら、ノートパソコンに向かってキーボードを叩く。私は作家を目指しているが、最近はなかなか筆が進まない。インスピレーションが枯れたように感じていた。

その時、ふと窓の外を見ると、黒い雲が空を覆い始めていた。天気予報は晴れだったのに、急に暗くなってきた。人々は不安そうに空を見上げ、足早に店内へと逃げ込む。私も慌ててパソコンを閉じ、バッグにしまった。

カフェのドアが開くと、外から冷たい風が吹き込んできた。雷が轟き、次の瞬間には激しい雨が降り始めた。ゲリラ豪雨だ。雨粒が窓を叩きつける音が響き渡り、まるで嵐の中にいるようだった。

私は窓際の席から動けず、雨の様子をただ眺めていた。雨が降ると、街の風景が一変する。普段は賑やかな駅前が、静寂に包まれていた。人々は皆、雨宿りをしながら傘を持たずに出てしまった自分を呪っているようだった。

ふと、店内の一角で泣いている子供の声が聞こえた。小さな女の子が母親の手を握りしめながら、「怖いよ、お母さん」と言っていた。母親は優しく彼女を抱きしめ、「大丈夫よ、すぐに止むからね」と慰めていた。その光景に心が温かくなった。

私もかつて、こんなふうに母に抱きしめられたことがあった。幼い頃、雷が鳴るたびに怖がって泣いていた私を、母はいつも優しく包み込んでくれた。その記憶が蘇り、胸がキュッと締め付けられるような感覚がした。

やがて、雨脚が弱まり始めた。雷も遠のき、街には再び人々の姿が戻ってきた。私はカフェの外に出て、濡れた地面を踏みしめた。雨上がりの空気は清々しく、心が洗われるようだった。

その時、ふとインスピレーションが湧いてきた。雨に濡れた心の物語が、私の中で形を成していく。母の温かさ、恐怖と安心、そして成長。そんなテーマを軸に、小説を書き始めようと決意した。

カフェに戻り、再びパソコンを開いた。指が自然とキーボードの上を走り始める。ゲリラ豪雨の中で感じたこと、思い出したこと、それらすべてが文字となり、画面に映し出されていく。

「雨に濡れた心」というタイトルをつけたその物語は、私の中で一番大切な思い出と共に綴られていった。雨が降るたびに、私はこの日を思い出し、新たなインスピレーションを得ることだろう。

終わり