春秋花壇

シンコ、コハダ、コノシロ：三つの名前が奏でる寿司職人の物語

シンコ、コハダ、コノシロ：三つの名前が奏でる寿司職人の物語

新子（シンコ）、小鰭（コハダ）、そして鮗（コノシロ）――この三つの名前を聞くだけで、食通ならば季節の移ろいとともに変わるその味わいを思い出すだろう。これはある一人の寿司職人の物語だ。

東京の下町にある小さな寿司屋「すし龍」。主人の龍太は、子供の頃から寿司を握る父の背中を見て育った。父が亡くなり、龍太が店を継いだのはちょうど三年前のことだった。その日から、彼は一心不乱に寿司を握り続けてきた。

夏の終わり、暑さが少しずつ和らぎ、秋の気配が感じられる頃、店には特別なお客が訪れることが多くなる。彼らは皆、龍太の握る「シンコ」を楽しみにしているのだ。

シンコは、コハダの幼魚であり、その繊細な味わいと美しい光沢は食通を魅了する。だが、このシンコを最高の状態で提供するためには、並々ならぬ努力が必要だ。龍太は、毎朝市場に出向き、自分の目でシンコを選ぶ。魚の鮮度、身の張り、そして色艶――全てが完璧でなければならない。

店に戻ると、まずは塩で軽く締める。次に酢に浸け、その後、龍太の熟練の技で丁寧に握られる。シンコの寿司が出来上がるまでの一連の作業は、一瞬の隙も許されない。彼の手は、まるで舞踊のように滑らかで、美しい。

「今日のシンコは絶品だな。」常連客の一人、山田さんが感嘆の声を上げる。

「ありがとうございます、山田さん。今日は特に良いシンコが手に入りました。」龍太は微笑みながら応じる。

季節が進み、秋が深まると、シンコはコハダへと成長する。その味わいもまた一興だ。コハダの持つ独特の酸味と旨味は、寿司職人の腕の見せ所だ。龍太は、コハダの仕込みに一層の工夫を凝らす。

ある日、龍太の幼なじみの明美が店を訪れた。彼女は、幼少期から龍太と一緒に育ったが、今は別の町で働いている。「久しぶりね、龍太。」

「明美！元気だったか？今日はどうして？」龍太は驚きと喜びが入り混じった表情で彼女を迎えた。

「久しぶりに龍太の寿司が食べたくなってね。」明美はにっこり笑う。

龍太は、彼女のために特別にコハダを握る。その一貫には、二人の幼少期からの思い出が詰まっている。「どうぞ、明美。今日は特に良いコハダが手に入ったんだ。」

明美は一口食べると、目を閉じてその味を楽しむ。「やっぱり、龍太の寿司は最高だわ。」

そして冬が訪れると、コハダはさらに成長し、コノシロとなる。コノシロの豊かな脂と深い味わいは、冬の寒さを忘れさせてくれる。龍太は、この季節の移ろいを一貫の寿司に込めることに喜びを感じていた。

ある日、龍太は父の墓を訪れた。「お父さん、今年も良いシンコ、コハダ、コノシロが取れました。お店は繁盛してます。これからも、お父さんの教えを胸に、もっと良い寿司を握れるように頑張ります。」

墓前で手を合わせる龍太の心には、父の姿が鮮やかに浮かんでいた。彼の寿司職人としての道は、父から受け継いだもの。シンコ、コハダ、コノシロ――その一貫一貫に込められた父への感謝と誓いは、龍太の寿司を特別なものにしている。

季節の移ろいとともに変わる味わい。その一瞬一瞬を大切にする龍太の寿司は、これからも多くの人々を魅了し続けるだろう。