春秋花壇

楸邨忌の夜

「楸邨忌の夜」

夏の終わり、楸邨忌の日がやってきた。天城山のふもとにある古びた神社では、毎年この日に詩人・楸邨を偲ぶ会が開かれる。その日は雨がしとしとと降り続き、神社の庭はしっとりと濡れていた。

灯りがともる神社の本堂には、詩を愛する人々が集まっていた。美咲もその中にいた。彼女は幼いころから楸邨の詩を愛し、その言葉に心を寄せてきた。特に、「わが涙もて誰がために」を読むたびに、心が締め付けられるような思いがするのだった。

本堂に入ると、そこには彼がいた。佐々木航、彼もまた楸邨の詩を愛し、毎年この日に訪れる常連だった。航は美咲より少し年上で、温かな笑顔と優しい瞳が印象的な男性だった。二人は何度もこの場所で顔を合わせていたが、なかなか話す機会がなかった。

その夜、美咲は決意を固めた。航と話をしたい、彼の詩に対する思いを聞きたいと。

「こんばんは、佐々木さん。」美咲は勇気を出して声をかけた。

航は驚いたように顔を上げ、美咲に微笑んだ。「こんばんは、藤沢さん。お久しぶりですね。」

「ええ、そうですね。毎年ここでお会いしますね。」

「楸邨の詩が好きなんですか？」航は優しく尋ねた。

「はい。特に『わが涙もて誰がために』が大好きなんです。読むたびに心が震えるような気がして。」美咲は少し恥ずかしそうに答えた。

「僕もです。あの詩には特別な力がありますよね。」航の瞳が一層輝いた。

その後、二人は本堂の隅で話を続けた。詩に対する思いや、日々の生活のこと、夢や希望について語り合った。時間が過ぎるのを忘れるほど、二人の会話は尽きることがなかった。

やがて、夜も更け、神社の灯りも消え始めた。航は少し名残惜しそうに言った。「もうこんな時間ですね。そろそろ帰らなければ。」

美咲も同じ気持ちだった。「そうですね。でも、今日は本当に楽しかったです。」

「また来年もここで会いましょう。それまでに、もっとたくさんの詩を読みましょう。」航は優しく微笑んだ。

「ええ、約束です。」美咲も微笑み返した。

それから一年、二人はそれぞれの日常に戻ったが、楸邨忌の日の約束は心に残り続けた。美咲は航との再会を楽しみにしながら、毎日の生活を過ごした。

翌年、再び楸邨忌の日がやってきた。美咲は心を弾ませながら神社へ向かった。しかし、到着しても航の姿は見当たらなかった。彼女は少し不安な気持ちになりながらも、詩の朗読を聞いて心を落ち着けた。

その時、背後から声がした。「藤沢さん。」

振り返ると、そこには航がいた。彼は少し疲れた様子だったが、笑顔は変わらなかった。

「佐々木さん、会えてよかったです。」美咲は心からの笑顔を浮かべた。

「ごめんね、遅れてしまって。仕事が立て込んでいて。」航は申し訳なさそうに言った。

「大丈夫です。来てくれて嬉しいです。」美咲の心は温かくなった。

二人はまた話し始めた。詩について、過ぎた一年について、そしてこれからのことについて。話すうちに、二人の間には深い絆が生まれていった。

楸邨忌の夜が更ける中、二人は本堂の前で立ち止まった。航は少し緊張しながら、美咲の手を取った。

「美咲さん、僕はあなたともっと一緒にいたい。詩を愛する心が通じ合う、そんなあなたとこれからも一緒に詩を楽しみたい。」

美咲は驚きと喜びで胸がいっぱいになった。「私も同じ気持ちです、航さん。」

その夜、二人は手をつないで神社を後にした。楸邨の詩が紡いだ絆は、二人の心に深く根を下ろし、新たな物語を紡ぎ始めたのだった。

そして、毎年訪れる楸邨忌は、二人にとって特別な日となり、彼らの愛を深める時間となっていった。