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再び巡り会う日

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 「再び巡り会う日」

ステファニーはしばらくの間、王都に留まっていた。黒死病が王都を襲ってから数週間が経ち、ついにその脅威も落ち着きを見せた。街は少しずつ活気を取り戻し、人々の顔にも安堵の表情が戻ってきていた。しかし、ステファニーの心にはまだ何かが引っかかっていた。それは、あの頃と変わらぬ心の中に潜む、彼への想いだった。

「フレデリック・ル・ザルム…」ステファニーはつぶやいた。庭師として知られ、王都にいた頃はただの一人の使用人に過ぎなかった彼。しかし、ステファニーの心の中で彼は、ただの庭師以上の存在になっていた。

かつて、彼は温かい手で自分の心を包み込み、彼女がまだ知らなかった美しさを教えてくれた。ステファニーが暗闇の中にいた時、フレデリックはその光を照らしてくれる存在だった。

だが、王都で起こった出来事が彼らを引き離してしまった。ステファニーが王子との婚約破棄を決断したこと、そしてその後の黒死病との戦いが、二人の間に距離を生んでいた。あの時、フレデリックには何も言えずに別れてしまったことが、彼女の胸を締めつける。

「どうしても、あの人に会いたい。」 ステファニーは、決意を固めた。黒死病の危機も過ぎ去り、王都の状況も少し落ち着いてきた今、彼女はもう一度、あの人のもとへ帰りたかった。

彼女はすぐに王宮の高官たちに告げ、王都を一時的に離れることを伝えた。すべてがようやく落ち着いたのだから、王都の管理は他の者に任せても問題はないだろう。

「フレデリック、私は帰るわ。」心の中で彼に語りかけながら、ステファニーは王都を後にした。

馬車がゆっくりと進んでいく中、風が彼女の顔を撫でる。ふと思い出すのは、あの日彼が言った言葉だ。庭師としての彼の真摯な姿勢が、どれほど彼女を支えてくれたのか、今さらながらに思い知る。

「私はただ、あなたが幸せでいることを願っているだけです。」彼の言葉は、心の奥深くに刻まれていた。

家路へと向かう道のりは長かったが、ステファニーは心の中で決して急いではいなかった。彼女は、かつての生活を取り戻すための時間を、じっくりと自分に与えることにした。

そして、数日後。家の前に馬車が停まったとき、彼女は深呼吸をしてから車を降りた。扉が開き、庭に広がる色とりどりの花々が目に飛び込んでくる。風に揺れるその花々の中に、懐かしい姿が見えた。

「フレデリック。」ステファニーは、思わず声を漏らした。

庭の隅に立っていた彼は、彼女の声を聞いた瞬間、ゆっくりと振り返った。昔と変わらぬ温かい笑顔が、ステファニーを迎え入れる。

「ステファニー様…」 彼は驚きの表情を浮かべつつも、すぐに優しく微笑んだ。

「久しぶりね。」ステファニーはゆっくりと歩み寄り、彼の前に立った。彼は軽く頭を下げ、目を合わせないまま口を開いた。

「お帰りなさいませ、ステファニー様。」 その言葉に、ステファニーは少し驚きつつも、すぐに安心感を覚えた。

「私はあなたに、感謝しているの。」ステファニーは、彼の目を見つめながら言った。「あなたの優しさが、私を支えてくれたからこそ、今こうしてここに立っているのよ。」

フレデリックは静かに微笑んだ。彼の目には、どこか遠くを見つめるような色が浮かんでいた。

「私は、ずっとあなたを見守っておりました。」彼の声は低く、優しく響いた。

その言葉に、ステファニーは胸がいっぱいになり、言葉を詰まらせた。再び彼と出会えたことが、こんなにも嬉しく、安堵を感じさせることに驚くばかりだった。

「これから、私はあなたと一緒に歩んでいきたい。」ステファニーは心からそう思った。過去のすべてを乗り越えて、二人で新しい未来を作り上げるために。

フレデリックは深く頷き、静かな笑みを浮かべた。「私はあなたとともに、どんな困難も乗り越えます。」






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