「君の輪郭」

「君の輪郭」

「君の輪郭」

週末の夜、賑やかな音楽が流れるクラブの片隅に、透は一人佇んでいた。都会の喧騒と刺激を楽しみに来たはずが、何となく心が踊らない。友人たちは目当ての異性と楽しく話し、笑っているが、透の目にはただ空虚に映る。そんなとき、視線の先にひとりの女性が映り込んだ。

その女性は、周りの喧騒から切り離されたような佇まいで、壁にもたれて一杯のドリンクを片手に持っていた。長い髪が肩にさらりと掛かり、黒いシンプルなドレスが彼女の曲線を強調している。透は吸い寄せられるように近づき、気づけば彼女の隣に立っていた。

「こんばんは」と声を掛けると、彼女は軽く微笑んだ。その笑顔に心を掴まれたような気がして、透は少し緊張しながらも言葉を続けた。

「ここ、あまり好きじゃないの？」

彼女は笑みを浮かべ、「人が多すぎて、時々息が詰まる感じがして」と静かに答えた。彼女の声は低くて穏やかで、他の騒音を吸収するように透の耳に心地よく響いた。

二人はそのまま、言葉を交わすことなく少しの間を過ごした。音楽のリズムに合わせて周りが楽しんでいる中、彼女との静かな空間が、まるで異次元のように感じられた。

「踊らない？」彼女がふいに誘ってきた。驚きつつも頷き、透は彼女と共にダンスフロアへ向かった。

音楽の中で彼女は不思議なほど自然にリズムを取り始め、透もそれに合わせて踊り始めた。音楽のビートに合わせて身体が動くたび、彼女の曲線が目に焼きつき、その動きのすべてが魅力的に思えた。体温と汗がほんの少しだけ交わり、ふと触れ合う瞬間に、彼の心はますます引き込まれていった。

「名前、聞いてもいい？」ダンスの合間に彼は訊ねた。

「玲奈」とだけ彼女は答えた。その短い返事に、彼女の少し謎めいた雰囲気が漂っているのを感じた。

玲奈と踊る時間が進むにつれ、透はどんどんと彼女に惹かれていった。普段の自分ならば、こんなに相手に夢中になることはなかったが、玲奈といるときだけは、自分が全てを忘れて一体になっているような感覚に包まれた。彼女の身体のライン、リズムに合わせた動き、その一つ一つが彼の心を掴んで離さない。

「こんなに夢中で踊ったのは初めてかもしれない」と、透が息を切らしながら言うと、玲奈は少し笑って、手を差し出した。「ちょっと、静かな場所に行こう」

玲奈に導かれて二人は外に出た。冷たい夜風が彼らの火照った頬に心地よく触れ、二人の間に少し緊張が漂う。玲奈が手を繋いでくると、透は自分の心臓が鼓動を速めるのを感じた。

玲奈は少しの沈黙の後、ぽつりと言った。「私、こうして誰かと踊るのは久しぶりなんだ。」

「そうなんだ？」透は意外に思いながら、玲奈の瞳を見つめた。

「うん。誰かと距離を縮めるのが、少し怖くてね…」

その言葉に、透は彼女の内にある孤独に気付いた。玲奈の笑顔の裏には何か重たいものが隠されているように感じ、彼は何も言わずにその手を軽く握り返した。玲奈も透の手の温かさに、ほんの少しだけ安心したように笑みを浮かべた。

「君のこと、もっと知りたいな。」透の真剣な眼差しを受け、玲奈もそっと目を伏せて頷いた。「…それでもいいなら」

夜が更けるまで、二人はゆっくりと語り合った。玲奈が何気なく話す一言一言が、透の心を満たしていく。普段の透は恋愛に慎重で、相手を知ることに時間をかけるタイプだったが、玲奈とは違っていた。彼女の形、彼女の心、そのすべてが彼にとっては新鮮で、刺激的で、そして何より大切に思えた。

「玲奈、また会ってくれる？」別れ際に透がそう訊ねると、彼女は少しだけ微笑みながら「考えておく」と言った。しかし、その瞳には確かな光が宿っており、透はきっと再び彼女と会える予感がしていた。

夜風が二人の間を吹き抜ける中、透は初めて出会ったときの玲奈の姿を思い出していた。彼女の輪郭、表情、そしてその神秘的な笑顔。それは彼の心に深く刻まれ、決して消えることのない「形」となって彼の心に宿った。