悪役令嬢ですが、何か?

春秋花壇

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渋谷大暴動の記憶

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渋谷大暴動の記憶

1971年11月14日。渋谷の街は普段と変わらぬ活気に包まれていた。だが、その日ばかりは異様な雰囲気が漂っていた。街を歩く人々の表情は険しく、どこか不安げであった。沖縄返還協定の批准を阻止するため、過激派の学生たちが渋谷に集結していたのだ。その数、約5000人。

彼らの目的は一つ。米軍駐留を認める協定に反対し、政府にその意思を突きつけること。しかし、それはただの平和的なデモで終わるものではなかった。事態は急速にエスカレートし、やがて暴徒化した。

渋谷駅前の大通りでは、数千人の学生たちが集まり、大声で抗議のシュプレヒコールを繰り返していた。大勢の群衆の中にいた一人の若者、田中翔(たなか しょう)は、抗議の輪に加わりながらも、心の中で葛藤を抱えていた。

「これで本当に何かが変わるのか?」と、彼は胸の内で問いかけていた。翔は大学生で、周囲の友人たちに押されるようにしてこの集会に参加していたが、本心ではその過激な行動に疑問を感じていた。

彼の隣で、赤いヘッドバンドを巻いた男が叫んでいた。「政府を倒せ!この国を変えろ!」

翔はその男を一瞥し、声をかけた。「そんなに簡単に変えられるものなのか?」

男は鼻で笑った。「お前、何もわかってないな。歴史は行動で作られるんだよ。」

その時、遠くで火の手が上がり、黒い煙が空に立ち昇るのが見えた。警戒に当たっていた機動隊の車両が襲撃され、火炎瓶が投げ込まれたのだ。騒ぎは一瞬で広がり、群衆の中にいた者たちは一斉に動き出した。恐怖と興奮が入り混じる中で、翔は押し寄せる波に飲まれていた。

「やめろ!これは違う、ただの暴力だ!」彼は叫びたかったが、声は誰にも届かなかった。彼の視界には、鉄パイプを持った過激派の学生たちが、必死に機動隊員たちに向かって突進していく様子が映っていた。

その瞬間、翔の目に映ったのは、火に包まれた一人の若い巡査だった。新潟県警から派遣されてきたというその若者は、まだ21歳だったという。彼の全身が炎に包まれ、悲鳴を上げながら倒れ込んだ。

「助けてやれ!」という声が上がるが、誰も動けなかった。恐怖と混乱の中で、何もできない無力感が襲ってきた。

翔は自分の無力さを感じながら、周囲を見回した。ある者は恐怖で逃げ出し、またある者はさらに過激な行動に走っていた。翔の心の中には、これが本当に正義なのかという疑念がますます大きくなっていった。

その日の夜、暴動の中で巻き込まれた派出所も放火された。渋谷の街は炎と混乱に包まれ、無関係な人々も次々にその暴動の渦に巻き込まれていった。大衆心理は恐ろしい。彼らは一度走り出したら止まることを知らない。

渋谷駅近くの居酒屋で、別のグループの若者たちがこの暴動について話し合っていた。彼らは学生運動には参加していないが、その場の雰囲気に触発されて意見を交わしていた。

「これが本当に我々の未来のためになるのか?」と、一人が問いかけた。

「いや、むしろ破壊しているだけだろう。」と、別の若者が言った。「俺たちはもっと賢くなるべきだ。こんな無意味な暴力に走るんじゃなくて。」

その言葉に賛同する者もいれば、反論する者もいた。しかし、どちらも一つのことに気づいていた。彼らが直面しているのは、ただの暴動ではなく、社会そのものの裂け目を象徴する出来事だということだ。

翌朝、渋谷の街はかつての姿を失っていた。焼け焦げた建物と荒れ果てた道。暴動の爪痕は、そこで暮らす人々に深い傷を残した。彼らは何も変えることができなかったという無力感と、同時に社会の本質に対する深い絶望を抱いていた。

翔はその場に立ち尽くしながら、目を閉じた。彼が見たのは、燃え盛る炎の中で消えていった一人の若者の姿だった。彼はその場で立ちすくむことしかできなかった自分を責めた。

「人の口には戸を建てられぬ」。大衆の力は時に制御不能で、恐ろしいまでの破壊力を持つ。それが渋谷で起きた暴動の真実だった。何も変えることができない現実を知りながらも、人々は再び何かを求めて声を上げるだろう。その声が未来を照らす光となるか、それともまた新たな火種を生むのかは、誰にも分からない。

翔は、ただ一人の若者として、そして混乱の中で自らの正義を問い続ける者として、その問いに向き合い続けるしかなかった。







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