老人

いいお買い物

「いいお買い物」

晴れた秋の日の午前、シゲオは商店街を歩きながら、今日もまた自分の買い物に満足していた。周りの人々が忙しそうに行き交う中、彼は一人で、そして何気ないようでいて、日々の小さな楽しみを噛みしめている。

シゲオは70歳を過ぎ、独り身で暮らしていた。子どもたちは遠くに住んでおり、連絡は時々来るが、彼の生活は主に日々の細々としたことに囲まれていた。家事も、自分の食事もすべて自分でこなしている。年齢を重ねるごとに体力の衰えは感じるものの、それでもまだまだ元気で、特に食事に関しては手を抜くことなく心を込めて作っていた。

今朝も朝早くから起きて、近所の市場へ足を運んだ。今日のメインは「ハマチ」と「秋刀魚」だ。ハマチは4切れ、秋刀魚は3匹で合計796円。彼にとっては、少し贅沢な買い物だった。

「今日は、ちょっと豪華な食事にしよう。」シゲオは心の中でつぶやきながら、袋に入れた魚を大事そうに持って帰路についた。

帰宅後、シゲオはまず手を洗い、キッチンに立った。彼の家は決して広くはないが、使いやすいように整えられており、必要最低限の道具が揃っていた。食器棚の上にある包丁を取り、まな板を出し、まずはハマチを切り始める。

「脂がのってるな。」ハマチの身を見ながらシゲオは微笑んだ。大きな包丁で切り分ける音が、キッチンに響く。

彼は、料理に対しても長い間の経験があった。若いころ、結婚していた時には妻と共に食事を作るのが日課だったが、妻が他界してからは自分一人で料理をすることが多くなった。それでも、当時の記憶が今でも手元を動かす際に残っているのだ。

次に、秋刀魚をさばく。頭を落とし、腹を開いて内臓を取り出す。その手際もまた、自然に流れるようだ。魚の香りが台所に広がると、シゲオは一度立ち止まり、深呼吸をした。「これで、今日は本当に良い夕飯になる。」そう思うと、気分が一層高揚する。

彼が料理を作るのは単なる食事のためだけではなかった。料理をしている間、何かに集中することで心が落ち着き、静かな幸せを感じることができる。特に食べることに対する楽しみは、年齢を重ねるごとに増していった。美味しいものを食べると、それだけで心が満たされる。そして、それは誰にも話せない、彼自身の幸せの時間だった。

やがて料理が完成し、シゲオはテーブルに向かって座った。ハマチの刺身、秋刀魚の塩焼き、そしてほんの少しの野菜を添えて。目の前に広がる彩り豊かな料理に、シゲオは満足げな笑みを浮かべた。彼が一人で作った食事だが、どこか温かみがあり、贅沢な気分にさせてくれる。

「いただきます。」シゲオは、静かに食事を始めた。口に入れたハマチは、脂がのっていてふんわりとした食感。秋刀魚は、外はカリっと焼き上げられていて、中はジューシーで、その味が口いっぱいに広がった。どちらも、新鮮さが際立っており、幸せな気分にさせてくれる。

食事をしながら、シゲオは少しばかり考えた。若い頃にはこうした些細な楽しみは当たり前のように感じていたが、歳を取るとともに、その一つ一つがありがたいものだと感じるようになった。今、彼の世界は穏やかで、かつ静かに豊かである。それが何よりも幸せだと、シゲオは思っていた。

食事を終えた後、彼はテレビをつけ、新聞を広げて少し休憩する。ひとりの時間が流れ、町の様子やニュースを見ながら、また少し別のことを考える。「来週は、また市場に行ってみよう。季節の野菜を買って、何か作りたいな。」そう考えながら、シゲオは目を閉じた。

時折、寂しさを感じることもあるが、それを感じた時こそ、こうして小さな楽しみを大切にしようと思っていた。ハマチと秋刀魚が今日の喜びを増してくれたように、明日もまた、日々の中に幸せを見つけていけると信じていた。

そんな静かな午後、シゲオの心は平穏で満たされていた。