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春秋花壇

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ひとりぼっちの時間

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「ひとりぼっちの時間」

秋の風が窓を叩く度に、70歳の井上雅夫はため息をついた。狭い一軒家の中で、ただひとり、彼は静かな時間を過ごしていた。手に取った新聞は、目を通す前に無意識にそのままテーブルの上に置かれる。心ここにあらず。目の前の景色がぼんやりと、遠くに見えるようだった。

雅夫には、今、ひとつだけ大きな不安があった。それは、息子の大樹が精神病院に入院したことだ。医師からは、「医療保護入院」の措置をとったと聞かされた。もう1週間が経ち、毎日何度も病院に電話をかけては、息子のことを確認していた。だが、あまりにも何もできない自分に、ますます孤独と寂しさが募っていった。

息子、大樹は元々おとなしく、どこか控えめな性格だった。雅夫が仕事から帰ると、いつも家で本を読んだり、静かにテレビを見たりしていた。だが、数年前から、どこかおかしいと思うことが増えてきた。突然黙り込んだり、何かに怯えたりする姿を見て、雅夫は少しずつ不安を覚えた。それでも息子に優しく接し、気づかぬふりをしてきた。しかし、とうとう精神的に追い込まれてしまったようだ。

病院から届いた息子の様子を記した手紙を何度も読み返しながら、雅夫は無力感に苛まれた。どれだけ愛情を注いでも、支えてあげても、息子は一人で深い闇に落ちていくように感じられる。そして、彼の心の中に広がっていったのは、寂しさと罪悪感だった。もしかしたら、自分の育て方が間違っていたのではないか、と思うこともしばしばあった。

雅夫はその日も、午前中にひとりで食事を済ませ、何もすることがなくなったので、散歩に出かけることにした。外の空気を吸って、少しでも気分転換になればいいと思ったからだ。歩いていると、秋の陽射しが穏やかに降り注ぎ、落ち葉が風に舞っているのが目に入った。しかし、どこか空虚な気持ちが消えることはなかった。

「大樹、元気でいるだろうか。」
独り言のように、雅夫はつぶやいた。やがて、歩く足も鈍くなり、ふと足元を見つめた。その時、隣の家の小さな子供たちの声が耳に入った。元気よく走り回る子どもたちの笑い声が、雅夫の胸に刺さるようだった。

「どうして、あんなに元気でいられるんだろう。」
自分の息子が、あの子たちのように笑顔で走り回っていた頃が懐かしく思い出された。大樹も小さな頃は、元気で無邪気な子供だった。だが、今はそんな姿は見ることができない。自分が何もできないことが、ただただ悔しかった。

散歩を終えて家に戻ると、雅夫は再び電話を手に取った。病院にかけるのはもう何度目か分からない。それでも、息子のことが気になり、どうしても電話せずにはいられなかった。受話器から聞こえる看護師の声が、少しだけ落ち着きを与えてくれた。息子は安定していると言われ、ほっとしたのも束の間、また心が沈んでいくのを感じた。

「こんな風に生きていて、意味があるんだろうか。」
雅夫は一人で夕食をとりながら、ふとそんなことを思った。息子が帰ってくる日が来るのだろうか。その日は一体いつなのだろうか。

食後、雅夫はテレビをつけるが、あまり集中することができない。何かしていても、頭の中では息子のことばかり考えてしまう。時折、テレビから流れるニュースをぼんやりと見ながら、自分が果たしてまだ役に立っているのかどうかを考えてしまう。

そんなとき、突然、玄関のベルが鳴った。雅夫は驚いて立ち上がり、ドアを開けると、そこには隣の若い女性が立っていた。彼女はいつも親切に挨拶をしてくれる、近所の若い母親だった。

「雅夫さん、こんばんは。大樹さん、調子はいかがですか?」
彼女の笑顔を見た雅夫は、一瞬言葉に詰まったが、やがてゆっくりと言った。「ああ、ありがとう。まだ少し、落ち着いていないんだ。」
「そうですか…。でも、きっと大樹さんも回復すると思いますよ。私たちも、何かあればいつでもお手伝いしますから。」
その言葉に、雅夫は涙が出そうになった。誰かが自分に手を差し伸べてくれることが、どれほど心強く感じられることか。
「ありがとう、本当にありがとう…」
そう言って、彼は感謝の気持ちをこぼすように伝えた。

それからしばらく、隣の女性とは何度か顔を合わせることがあった。彼女の優しさに支えられ、雅夫は少しずつ心の中の重荷を下ろしていくことができた。まだ息子が帰ってくる日が見えない中でも、雅夫は少しずつ前を向いて歩くことを決意した。

どんなに小さなことでも、支え合って生きることが、人生の中で最も大切なことなのだと、雅夫は静かに悟った。









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