老人

希望の光

「希望の光」

和子は祈るような気持ちで病院からの電話を握りしめていた。電話の向こうで医師は穏やかに、けれども深刻な声で話していた。「お母様、息子さんが少し危ない状態でした。ですが、今は命に別状はありません。」和子の心は動揺し、同時にほっとしたが、病院の中で息子が苦しんでいる姿を思うと胸が痛んだ。

息子の明は47歳。かつては普通の生活を送っていたが、30代後半頃から次第に心のバランスを崩し、今では医療保護入院という形で病院に身を置いていた。和子は彼のためにできることはすべてしてきたつもりだったが、現実は厳しかった。彼が、洋服を裂き、衝動に駆られた末に自らの命を絶とうとしたと知り、和子はただただ涙をこぼすしかなかった。

「神さま、どうか明をお守りください。」和子は心の中でそう祈り続けた。神に願うしかないほどに、彼女の心は痛みと不安に包まれていたのだ。

面会の日、和子は心を落ち着け、病院を訪れた。明の病室に入ると、彼はどこか遠くを見るようにぼんやりとしていた。やせ細った身体と、かつての活気を失った目は、和子の心に重くのしかかった。それでも、彼のそばに座り、小さな声で「明、どうしてこんなことをしたの？」と尋ねた。

しばらく沈黙が続いた後、明はぽつりと答えた。「もう、何もかもが無意味に思えるんだ…生きる意味がわからない。誰も、僕なんかに興味なんてないんだよ。」

その言葉に、和子は胸が締めつけられた。彼の絶望は深く、自分の声も届かないほどだったのかと、やるせない思いがこみ上げてきた。だが、和子はそれでも諦めたくなかった。彼の手を握り、そっと語りかけた。

「明、私には、あなたが必要なの。あなたがどんな状態であっても、私はずっとあなたのそばにいるから。あなたは一人じゃない、ずっと見守っている人がいるのよ。」

和子の言葉に、明は少し驚いたように目を瞬かせた。そんな母の姿を見つめ、彼の心にはわずかに光が差し込んだ。彼が完全に癒される日は遠いかもしれないが、母が寄り添い、祈り、支え続けてくれることに気づけたのは、彼にとって大きな一歩だったのかもしれない。

和子はその日、帰り道に小さな教会に立ち寄った。そして、静かな教会の片隅でひざまずき、心から祈りを捧げた。「神さま、どうか、明の心に少しでも安らぎをお与えください。彼が再び、生きる喜びを見つけられますように。」

和子の祈りは続いた。彼女の心の中で、神への信頼と希望が静かに息づいていた。彼女は信じていた。いつの日か、明が少しずつでも心の平和を取り戻し、生きる喜びを再び感じられる日が訪れると。