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油のにおいと時間
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「油のにおいと時間」
駅前の小さなとんかつ屋には、いつも長い列ができている。店の入り口から続く行列を見ていると、どうしてこんなにも多くの人が待つのか、不思議に思えてくる。だが、並ぶ人々の顔には、どこか満足げな表情が浮かんでいて、その理由がわかるような気がする。
玲奈(れな)は、その行列に並びながら、どこか心が落ち着かないのを感じていた。今日は少し時間に余裕があったので、久しぶりにこの店でとんかつを食べることにした。小さなご褒美を自分に与えるために、ゆっくり並ぶのも悪くないと思ったからだ。
「こんなに並んでるんだ、でもやっぱり美味しいんだよな…」
ふと思いながら、玲奈は並ぶ足元を見つめた。前に並んでいるのは、おじさんや若いカップル、そして中年の女性たち。皆、無言で待っているわけではない。時折、話し声が漏れるが、どれも日常の些細な話だったり、仕事の愚痴だったりする。
店の中からは、揚げたてのとんかつの匂いがふんわりと流れ出してくる。その匂いを嗅ぐと、いつもより空腹感が強くなる。口の中でその味を想像して、自然と顔がほころんだ。
「でも、並ぶ時間がちょっと長いな…」
気づけば、玲奈はもう30分も並んでいた。だんだんと足が疲れてきて、腰も少し痛くなってきた。でも、待つ価値があると信じて、もう少しだけ我慢しようと心を決めた。
ようやくカウンターに近づくと、店員が笑顔で迎えてくれる。
「お待たせしました。お好きな席へどうぞ!」
玲奈は席に座り、メニューを見ながらも、少しそわそわした。注文はすでに決めていた。とんかつ定食。ご飯は大盛りにして、味噌汁は具だくさんを選んだ。シンプルだけど、いつもこの店で頼む定番メニューだ。
数分後、テーブルに運ばれてきたとんかつを見て、玲奈は思わず息を呑んだ。とんかつの衣はサクサクと音を立てて、黄金色に輝いている。香ばしい匂いが鼻をつき、口の中が自然と期待でいっぱいになった。
「いただきます」
玲奈は箸を取ると、揚げたてのとんかつを一口食べた。その瞬間、香ばしい衣とジューシーな肉の味が口の中に広がる。いつも通り、美味しい。特にソースの甘みと塩気が絶妙に絡み合って、食欲がさらに掻き立てられる。
だが、ふと気づくと、玲奈は食べる手が止まった。最初の一口は完璧だったはずなのに、次第に油の味が舌に残り、口の中が少し重たく感じるようになった。どこかで感じたことのない違和感が、じわじわと広がってきた。
油っぽさが鼻を突き、食べ進めるうちにそれが気持ち悪さに変わってきた。香ばしい匂いが、次第に鼻にこびりつき、食べるたびに重たさが増してくるのだ。
「うーん…なんだろう、最初はすごく美味しかったのに…」
玲奈はお茶を一口飲み、再びとんかつを口に運んだ。けれど、やはり最初の美味しさは感じられなくなっていた。油っぽさが強くなり、衣のサクサク感も少しずつ薄れてきて、肉の味があまり感じられなくなってきた。
「やっぱり、ちょっと油が…」
それでも、玲奈は無理に食べ続けようとした。しかし、気づけば、もう半分ほどしか食べていないのに、どこか食欲が湧かなくなっていた。
店内には、周りの人たちが楽しそうに食べている音が響いている。誰もが、満足げにとんかつを頬張っているのに、どうして自分だけがこんなに気持ち悪くなっているのだろうか。列に並ぶ時間が長かった分、食べる時間もきっと長く感じるのだろうと思った。
しばらくして、玲奈は箸を置いた。
「もう、いいや」
もともと食べる量が少ない方で、満腹感が早く来る体質だ。それに、今日は特に、油の重さに耐えきれなくなっていた。心の中で、もう一度言葉を繰り返す。
「なんだかな~♪」
最後にお皿の上のとんかつを見つめ、玲奈は残りを少しだけ食べて店を後にした。帰り道、彼女はその油のにおいがまだしつこく鼻に残っているのを感じていた。時折、顔をしかめながらも、ふと立ち止まり、目を閉じる。
あのとんかつの香りが、今日の気分を台無しにしたわけではない。むしろ、どこか自分の体に合わなかったのだと、そんなふうに思いながら歩いていた。
もしかしたら、あの香りを楽しむ時間も、少しだけ長すぎたのかもしれない。
駅前の小さなとんかつ屋には、いつも長い列ができている。店の入り口から続く行列を見ていると、どうしてこんなにも多くの人が待つのか、不思議に思えてくる。だが、並ぶ人々の顔には、どこか満足げな表情が浮かんでいて、その理由がわかるような気がする。
玲奈(れな)は、その行列に並びながら、どこか心が落ち着かないのを感じていた。今日は少し時間に余裕があったので、久しぶりにこの店でとんかつを食べることにした。小さなご褒美を自分に与えるために、ゆっくり並ぶのも悪くないと思ったからだ。
「こんなに並んでるんだ、でもやっぱり美味しいんだよな…」
ふと思いながら、玲奈は並ぶ足元を見つめた。前に並んでいるのは、おじさんや若いカップル、そして中年の女性たち。皆、無言で待っているわけではない。時折、話し声が漏れるが、どれも日常の些細な話だったり、仕事の愚痴だったりする。
店の中からは、揚げたてのとんかつの匂いがふんわりと流れ出してくる。その匂いを嗅ぐと、いつもより空腹感が強くなる。口の中でその味を想像して、自然と顔がほころんだ。
「でも、並ぶ時間がちょっと長いな…」
気づけば、玲奈はもう30分も並んでいた。だんだんと足が疲れてきて、腰も少し痛くなってきた。でも、待つ価値があると信じて、もう少しだけ我慢しようと心を決めた。
ようやくカウンターに近づくと、店員が笑顔で迎えてくれる。
「お待たせしました。お好きな席へどうぞ!」
玲奈は席に座り、メニューを見ながらも、少しそわそわした。注文はすでに決めていた。とんかつ定食。ご飯は大盛りにして、味噌汁は具だくさんを選んだ。シンプルだけど、いつもこの店で頼む定番メニューだ。
数分後、テーブルに運ばれてきたとんかつを見て、玲奈は思わず息を呑んだ。とんかつの衣はサクサクと音を立てて、黄金色に輝いている。香ばしい匂いが鼻をつき、口の中が自然と期待でいっぱいになった。
「いただきます」
玲奈は箸を取ると、揚げたてのとんかつを一口食べた。その瞬間、香ばしい衣とジューシーな肉の味が口の中に広がる。いつも通り、美味しい。特にソースの甘みと塩気が絶妙に絡み合って、食欲がさらに掻き立てられる。
だが、ふと気づくと、玲奈は食べる手が止まった。最初の一口は完璧だったはずなのに、次第に油の味が舌に残り、口の中が少し重たく感じるようになった。どこかで感じたことのない違和感が、じわじわと広がってきた。
油っぽさが鼻を突き、食べ進めるうちにそれが気持ち悪さに変わってきた。香ばしい匂いが、次第に鼻にこびりつき、食べるたびに重たさが増してくるのだ。
「うーん…なんだろう、最初はすごく美味しかったのに…」
玲奈はお茶を一口飲み、再びとんかつを口に運んだ。けれど、やはり最初の美味しさは感じられなくなっていた。油っぽさが強くなり、衣のサクサク感も少しずつ薄れてきて、肉の味があまり感じられなくなってきた。
「やっぱり、ちょっと油が…」
それでも、玲奈は無理に食べ続けようとした。しかし、気づけば、もう半分ほどしか食べていないのに、どこか食欲が湧かなくなっていた。
店内には、周りの人たちが楽しそうに食べている音が響いている。誰もが、満足げにとんかつを頬張っているのに、どうして自分だけがこんなに気持ち悪くなっているのだろうか。列に並ぶ時間が長かった分、食べる時間もきっと長く感じるのだろうと思った。
しばらくして、玲奈は箸を置いた。
「もう、いいや」
もともと食べる量が少ない方で、満腹感が早く来る体質だ。それに、今日は特に、油の重さに耐えきれなくなっていた。心の中で、もう一度言葉を繰り返す。
「なんだかな~♪」
最後にお皿の上のとんかつを見つめ、玲奈は残りを少しだけ食べて店を後にした。帰り道、彼女はその油のにおいがまだしつこく鼻に残っているのを感じていた。時折、顔をしかめながらも、ふと立ち止まり、目を閉じる。
あのとんかつの香りが、今日の気分を台無しにしたわけではない。むしろ、どこか自分の体に合わなかったのだと、そんなふうに思いながら歩いていた。
もしかしたら、あの香りを楽しむ時間も、少しだけ長すぎたのかもしれない。
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