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春秋花壇

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その手のひらの温もり

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「その手のひらの温もり」

道端に咲く小さな花々が、秋の風に揺れている。黄金色の陽射しが街角を温かく照らし、通りを歩く人々は、どこか余裕を持って歩いているように見えた。しかし、香澄(かすみ)は、その穏やかな光景の中で、ふとした違和感を覚えていた。足元に落ちた枯れ葉が、足に絡みつくような気がしたからだ。

「前は私もガーデニングやってたんだけどね」

突然、耳にした声に香澄は振り返った。そこには、年配の男性が立っていた。彼の顔にはどこか寂しげな表情が浮かんでいて、その目がどこか遠くを見ているようだった。

「そうなんですか?」香澄は軽く答えたが、すぐに彼の言葉が心に残るようになった。

「でもね、だんだん身体がきつくなってきてさ。庭の手入れも、ほんの少しやっただけで疲れちゃうんだよ。花を愛でるより、自分の体とおりあいつけるのが難しくなってきてね…」

その言葉に、香澄は驚いた。かつては自分もガーデニングをしていた。若いころ、庭の手入れが大好きだった。小さな鉢植えから始めて、いつの間にか花壇を作り、家の庭一面を色とりどりの花で飾るようになった。その喜びが、いまでも心に残っている。しかし、最近ではその庭もほったらかしになり、花を育てる楽しみもすっかり遠のいていた。

「気持ちは分かります」香澄は苦笑しながら答えた。「私も最近、庭仕事がきつく感じることがあって…。」

その時、彼女は自分が感じていたことを、初めて他の誰かに言葉で表現したことに気づいた。確かに、数年前までは庭の手入れが楽しくて仕方がなかった。しかし、今は少しの作業でもすぐに疲れ、身体のあちこちが痛むことが多くなった。

男性は少し黙ってうなずき、「歳を取るって、こういうことなんだな」と呟いた。

香澄はその言葉を聞いて、心が少し重くなった。歳を重ねること。そこに向き合うのが、こんなにも難しいことだとは思ってもみなかった。

「でもさ、花を見るとなんだか心が落ち着くんだよな。花が咲いていると、何だか元気が出る気がして」男性はしばらく黙って、足元の花を見つめた。「体はきつくても、心は花に癒されるんだよ。」

香澄はその言葉に心を打たれた。歳を取ることで、確かに体力は落ちる。だが、その代わりに、花や自然が与えてくれるものが、何か別の形で支えてくれることがあるのだと感じた。

「確かに…」香澄は小さくつぶやいた。「花には、癒しの力がありますね。」

そう思いながら、香澄は男性に微笑みかけた。「ありがとうございます。私もまた、少しでも花を育ててみようかな。」

男性は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐににっこりと笑った。「それがいい。無理をせずに、自分のペースでね。」

その言葉を胸に、香澄は歩き出した。身体は少しだるくても、心の中にはほんの少しの希望が灯ったような気がした。

自宅に戻ると、香澄は静かに庭を見渡した。以前はその庭が自分の誇りだった。あの時のように、色とりどりの花々が一面に咲き誇る光景を思い描く。しかし、今はどこか寂しげで、雑草が伸び放題になり、花たちは萎れかけていた。

香澄は深呼吸をして、決意を固めた。無理に大きな変化を求めることはない。ただ、小さな一歩から始めよう。疲れた体でも、少しずつ手をかけていけば、また花は咲いてくれるだろう。

彼女はまず、庭の片隅に咲く小さなパンジーの花を見つめた。その花が、まるで彼女を待っていたかのように、静かに微笑んでいるように見えた。

「少しだけ、手をかけてみるよ」

香澄は膝をつき、花の周りの雑草を一つ一つ取り除いた。少しの間だったが、指先から伝わってくる土の感触と、花の香りが心を癒してくれるのを感じた。

そのとき、香澄はふと思い出した。花を愛でることの楽しさ。自分が若いころ、花に囲まれて心を込めて育てていたこと。その瞬間が、どれほど大切で、幸せだったのかを。今はその力を感じることができた。

歳を取ること。それは体力の低下や限界を感じることでもある。しかし、それでも花を育てる手間や、花を愛でる心は、年齢を重ねても変わらない。むしろ、歳を重ねたからこそ、花の美しさを深く感じられるのかもしれない。

「これからは、無理せずに楽しもう」と香澄は静かに呟いた。

庭に生きること。それが、香澄の新しい生き方だった。









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