291 / 316
健康寿命
しおりを挟む
「健康寿命」
高橋裕子は75歳を迎えた。今年も元気に誕生日を迎えられたことを家族に感謝しながらも、心のどこかで「いつまでこの元気が続くだろうか」という不安がわき上がっていた。つい先日、同い年の友人が足を骨折して入院したという知らせを聞き、「もう体が言うことを聞かなくなってきた」と漏らしていたことが頭をよぎった。
裕子は20年前に夫を亡くし、一人暮らしをしている。二人の子供は独立し、現在は離れた場所で家族を持って暮らしている。たまに帰ってくる孫の顔を見れることが、裕子にとっての一番の楽しみだった。しかし、最近は体力が落ちていることを実感し、友人の件も相まって、ふと「健康寿命」という言葉が気にかかり始めていた。
「健康寿命」という言葉は、ただ長生きすることとは異なる。できるだけ自分の力で生活し、他人の手を借りずに人生を楽しむことができる期間を指している。裕子は健康診断のたびに医師から「血圧に気を付けるように」と忠告されていたが、何年も特に問題がなかったため、特段の対策はとっていなかった。
しかし、友人の入院をきっかけに、「今できることをしなければ」という気持ちが芽生え、まずは簡単な散歩から始めることにした。近所に住む元同僚の山田さんも同じように散歩をしていると聞き、一緒に歩くようになった。毎日30分ほどの散歩をするだけで、体が少しずつ軽くなるのを感じた。
「なんだか、気分もいいわね」
裕子がそう言うと、山田さんはにこりと笑って「健康ってのは心も体も両方だからね。こうしてお日様の下を歩くだけで、頭も心もリフレッシュされる」と返した。二人は健康談義に花を咲かせながら、毎朝散歩を続けるようになった。
しかし、ある日突然、裕子の体に異変が起きた。朝起きると右膝がずきずきと痛むのだ。しばらくすると治るかもしれないと様子を見ていたが、痛みは引かず、その日は散歩も控えることにした。膝の痛みは日ごとに悪化し、階段の昇り降りすらつらく感じるようになってきた。
「これはもう医者に診てもらった方がいいわね」
裕子は思い切って整形外科に行き、レントゲン検査を受けた。診断は「加齢による関節炎」で、運動を続けるためにはリハビリが必要だと言われた。「まだ元気だと思っていたのに…」と落胆したが、医師に「今からでも関節を守る運動をすれば、痛みを軽減して自分で歩ける期間を延ばせますよ」と言われ、再び前向きな気持ちを取り戻した。
裕子は、医師から指導された簡単な筋トレやストレッチを自宅で始めることにした。最初は足を動かすたびに膝が痛み、何度も「もうやめようか」と思ったが、「健康寿命を延ばしたい」という強い思いが、彼女を奮い立たせた。
リハビリを続ける中で、裕子は小さな変化に気づき始めた。少しずつ膝の痛みが軽減し、毎朝の日課だった散歩にも少しずつ戻れるようになってきた。歩くたびに「まだ私は自分の足で歩けるんだ」という実感が、心に活力をもたらしてくれた。
その後も、裕子は散歩に加えて週に一度、地域の体操教室に通うようになった。そこでは、同じように「健康寿命」を意識し始めた仲間たちが集まり、ゆっくりと体を動かす運動をしていた。皆で笑顔を交わしながら「年を取っても自分で歩いていたいね」と語り合うその時間は、裕子にとって大切な支えとなっていった。
半年が過ぎ、季節は秋を迎えた。散歩道には紅葉が美しく色づき、空気も澄んで、気持ちの良い朝を迎えていた。裕子は山田さんと一緒に歩きながら、ふと語りかけた。
「私ね、今のまま少しでも長く歩き続けられるように、毎日気をつけているの。若い頃には『老い』なんて考えなかったけれど、自分で歩けて、自分で動けることが、こんなに大切だって気づいたのよ」
山田さんはその言葉に頷き、「本当にそうだね。健康寿命って、ただ長生きするんじゃなくて、自分の人生を自分で歩けるってことだよね」と優しく答えた。
裕子は笑顔を浮かべ、しみじみとその言葉をかみしめた。年を重ねるごとに体力は落ちていくが、それを支える日々の努力が、彼女に「生きる喜び」を再び感じさせてくれたのだ。
その夜、裕子は家に帰り、小さな日記帳を開いた。そこには、ここ数か月の健康への取り組みや、自分に起きた変化がつづられている。彼女はそのページに、今日の散歩で感じたことを書き留めた。
「私は今、健康寿命を生きている」
その言葉を書き記し、裕子は安心して日記帳を閉じた。年を重ね、体の変化を感じるたびに新しい対策が必要になるかもしれない。だが、今の自分にできる限りのことを続けることで、裕子は「自分の人生」を歩き続けられると確信していた。
深呼吸をして目を閉じると、心に一つの静かな決意が浮かんできた。裕子は健康寿命を意識することで、残された時間をより豊かに生きる力を手に入れたのだ。そして、彼女の歩みはこれからもゆっくりと続いていく。
翌朝、裕子は再び散歩に出かけた。
高橋裕子は75歳を迎えた。今年も元気に誕生日を迎えられたことを家族に感謝しながらも、心のどこかで「いつまでこの元気が続くだろうか」という不安がわき上がっていた。つい先日、同い年の友人が足を骨折して入院したという知らせを聞き、「もう体が言うことを聞かなくなってきた」と漏らしていたことが頭をよぎった。
裕子は20年前に夫を亡くし、一人暮らしをしている。二人の子供は独立し、現在は離れた場所で家族を持って暮らしている。たまに帰ってくる孫の顔を見れることが、裕子にとっての一番の楽しみだった。しかし、最近は体力が落ちていることを実感し、友人の件も相まって、ふと「健康寿命」という言葉が気にかかり始めていた。
「健康寿命」という言葉は、ただ長生きすることとは異なる。できるだけ自分の力で生活し、他人の手を借りずに人生を楽しむことができる期間を指している。裕子は健康診断のたびに医師から「血圧に気を付けるように」と忠告されていたが、何年も特に問題がなかったため、特段の対策はとっていなかった。
しかし、友人の入院をきっかけに、「今できることをしなければ」という気持ちが芽生え、まずは簡単な散歩から始めることにした。近所に住む元同僚の山田さんも同じように散歩をしていると聞き、一緒に歩くようになった。毎日30分ほどの散歩をするだけで、体が少しずつ軽くなるのを感じた。
「なんだか、気分もいいわね」
裕子がそう言うと、山田さんはにこりと笑って「健康ってのは心も体も両方だからね。こうしてお日様の下を歩くだけで、頭も心もリフレッシュされる」と返した。二人は健康談義に花を咲かせながら、毎朝散歩を続けるようになった。
しかし、ある日突然、裕子の体に異変が起きた。朝起きると右膝がずきずきと痛むのだ。しばらくすると治るかもしれないと様子を見ていたが、痛みは引かず、その日は散歩も控えることにした。膝の痛みは日ごとに悪化し、階段の昇り降りすらつらく感じるようになってきた。
「これはもう医者に診てもらった方がいいわね」
裕子は思い切って整形外科に行き、レントゲン検査を受けた。診断は「加齢による関節炎」で、運動を続けるためにはリハビリが必要だと言われた。「まだ元気だと思っていたのに…」と落胆したが、医師に「今からでも関節を守る運動をすれば、痛みを軽減して自分で歩ける期間を延ばせますよ」と言われ、再び前向きな気持ちを取り戻した。
裕子は、医師から指導された簡単な筋トレやストレッチを自宅で始めることにした。最初は足を動かすたびに膝が痛み、何度も「もうやめようか」と思ったが、「健康寿命を延ばしたい」という強い思いが、彼女を奮い立たせた。
リハビリを続ける中で、裕子は小さな変化に気づき始めた。少しずつ膝の痛みが軽減し、毎朝の日課だった散歩にも少しずつ戻れるようになってきた。歩くたびに「まだ私は自分の足で歩けるんだ」という実感が、心に活力をもたらしてくれた。
その後も、裕子は散歩に加えて週に一度、地域の体操教室に通うようになった。そこでは、同じように「健康寿命」を意識し始めた仲間たちが集まり、ゆっくりと体を動かす運動をしていた。皆で笑顔を交わしながら「年を取っても自分で歩いていたいね」と語り合うその時間は、裕子にとって大切な支えとなっていった。
半年が過ぎ、季節は秋を迎えた。散歩道には紅葉が美しく色づき、空気も澄んで、気持ちの良い朝を迎えていた。裕子は山田さんと一緒に歩きながら、ふと語りかけた。
「私ね、今のまま少しでも長く歩き続けられるように、毎日気をつけているの。若い頃には『老い』なんて考えなかったけれど、自分で歩けて、自分で動けることが、こんなに大切だって気づいたのよ」
山田さんはその言葉に頷き、「本当にそうだね。健康寿命って、ただ長生きするんじゃなくて、自分の人生を自分で歩けるってことだよね」と優しく答えた。
裕子は笑顔を浮かべ、しみじみとその言葉をかみしめた。年を重ねるごとに体力は落ちていくが、それを支える日々の努力が、彼女に「生きる喜び」を再び感じさせてくれたのだ。
その夜、裕子は家に帰り、小さな日記帳を開いた。そこには、ここ数か月の健康への取り組みや、自分に起きた変化がつづられている。彼女はそのページに、今日の散歩で感じたことを書き留めた。
「私は今、健康寿命を生きている」
その言葉を書き記し、裕子は安心して日記帳を閉じた。年を重ね、体の変化を感じるたびに新しい対策が必要になるかもしれない。だが、今の自分にできる限りのことを続けることで、裕子は「自分の人生」を歩き続けられると確信していた。
深呼吸をして目を閉じると、心に一つの静かな決意が浮かんできた。裕子は健康寿命を意識することで、残された時間をより豊かに生きる力を手に入れたのだ。そして、彼女の歩みはこれからもゆっくりと続いていく。
翌朝、裕子は再び散歩に出かけた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる