老人

ブルーシートの夜

 「ブルーシートの夜」

公園に着いたのは、夜の8時を回った頃だった。市内の小さな公園だが、昼間は家族連れで賑わい、夜になると人影はまばらになる。秋の冷たい風が吹き始め、夜は特に冷え込むようになってきた。

和也はバックパックからブルーシートを取り出し、芝生の上に広げた。ブルーシートを敷いて公園で寝るのは、これが初めてだった。仕事を失い、家賃の支払いも滞り、行き場をなくしてしまった彼は、この公園で一晩を過ごすことを決めたのだった。

シートの上に体を横たえると、背中からひんやりとした冷気が伝わってくる。薄暗い空の下、和也は木々の間から見える星をぼんやりと眺めた。都会の夜空は明るく、星はあまり見えないが、それでもいくつか輝く星が彼を慰めているようだった。

「ここで寝ている人も、ほかにいるのかな……」

そんなことを考えながら、彼は少しずつ目を閉じた。しかし、しばらくして足音が近づいてくるのを感じた。パトロール中の警官だった。

「こんなところで寝てるのか？　大丈夫かい？」と、警官が声をかけてきた。和也は少し驚きながらも、無理やり笑顔を作って「はい、大丈夫です」と答えた。

「でも、ここで夜を明かすのは危ないよ」と警官は続けた。「寒くなるし、体調を崩すかもしれない。どこか行くあてはあるのか？」

和也は首を振った。「今は、どこにも行くところがなくて……」

警官はしばらく和也の顔を見つめ、何かを考えるように黙り込んだ。そして、穏やかな声で「困っているなら、一度役所に相談してみるのも手だよ。最近は支援も増えてきているから、話を聞いてもらえるかもしれない」と助言をくれた。

和也はうつむき、少しの間、沈黙が続いた。「そうですね……ありがとうございます」

警官はそのまま去って行ったが、彼の言葉は和也の心に残っていた。公園の静寂に戻ると、ふと、自分のこれまでの生活が頭をよぎった。いつも普通の生活を送り、まさかこんな場所で夜を過ごすことになるとは思ってもみなかった。

しかし今、ブルーシートの上で寝転んでいると、これまでの自分がいかに日常に甘んじていたかが身にしみる。住む場所、暖かい食事、家族との会話——すべてが今は遠いものに思えた。

夜は次第に冷え込んできた。和也は、背中に入る冷たさに身を縮め、なんとか眠ろうとした。だが、ふと遠くから笑い声が聞こえてきた。若者たちのグループが公園の端で騒いでいる。彼らの楽しそうな声を聞きながら、和也はどこか別世界にいるような気分になった。

「いつか、また、普通の生活に戻れるだろうか……」

和也は自問しながら、警官が言っていた「支援」という言葉を思い出した。公園での夜を過ごすことがどれほど過酷なものか、この一晩で痛感した。和也は、心の奥で何かが変わり始めたことを感じた。

朝日が少しずつ公園を照らし始める頃、和也はシートから立ち上がり、伸びをした。寒さに凍えた体をさすりながら、自分の状況を変えるために、まずは一歩踏み出そうと決心した。

「そうだ、まずは役所に行ってみよう」と、和也はつぶやいた。

ブルーシートを畳みながら、彼は小さな希望を胸に抱いていた。それは、普通の生活に戻るための、ほんの小さな一歩だったが、その一歩がやがて大きな変化をもたらすかもしれないと、彼は信じた。