老人

春秋花壇

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まるでおままごとをしてるみたいだな

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「まるでおままごとをしてるみたいだな」

70歳の春樹は、妻を亡くしてから一人暮らしが始まった。子どもたちはみな町を出て、遠くで暮らしている。家は古びた木造で、廊下はところどころ軋むが、長年住んできた馴染みの家だ。それでも、以前は賑やかだった空間が今はひっそりとしており、どこか心細い思いもあった。

ある日の昼下がり、春樹は台所で食事を作っていた。老人には少し腰に負担がかかる作業だが、毎日のささやかな楽しみでもある。妻が生きていた頃、料理は専ら彼女の担当だったが、今は自分一人分の食事をこつこつと作っている。小さな鍋で味噌汁を温め、薄く切った野菜を炒め、最後に器を並べて、食卓を整えた。

その日は、慎重に選んだ季節の野菜を並べて、いつもより少しだけ丁寧に盛り付けた。「たまにはいいだろう」と独り言をつぶやき、茶碗に新しいお米を盛り、ついでに漬物も小鉢に少量ずつ用意した。小さな花模様の茶碗は、妻が愛用していたもので、こうして出すたびに彼女を思い出す。

食卓の上に並んだ料理を見つめ、春樹はふと口を開いた。

「まるでおままごとをしてるみたいだな」

自分の言葉に少しだけ笑ってしまった。まるで子ども時代に戻ったかのように、ただ一人で小さな食卓を整え、座る様子がどこか滑稽だったからだ。若い頃は、こんなひとりぼっちの食事なんて考えもしなかったし、こうして料理をするのも当たり前のことと思っていた。だが、今やその当たり前が遠くなり、ひとつひとつが新しい発見になっている。

スプーンを手に取り、少しずつ食べ始めた。自分が作った味噌汁の味は少し薄いけれど、それもまたいい。昔の味と比べるのはもうやめよう、と思ったが、自然と妻がよく作ってくれた具沢山の味噌汁が頭をよぎった。

食べ終えた後、皿を洗いながらふと視線を上げると、窓の向こうに咲く小さな庭の花が目に入った。妻が好きだった庭で、四季折々の花が静かに咲いている。特に春から初夏にかけては色とりどりの花が顔を出し、庭に柔らかな明るさを添えていた。

「今日は良い天気だな」

そう言って、少し庭に出てみようかと思い立った。杖をつき、庭へと続く小道を歩いていくと、風に乗ってほのかな花の香りが漂ってきた。小さなベンチに腰をかけ、空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。

ベンチに座りながら、春樹はしばらくじっと庭を眺めていた。心の中で妻に話しかけるようにして、「ここに座るのも、まるでおままごとみたいだな」と呟いた。まるで、妻が隣にいるかのように。

ふいに、春樹の口元に微かな微笑みが浮かんだ。昔は二人でこのベンチに座り、花を眺めては、些細なことを話したり、たわいもないことで笑い合ったりした。今はもう、その声は聞こえないが、二人で過ごしたその時の温もりは心の奥に今も残っている。

「おままごと、って、案外悪くないな」

庭の花や家の隅々にある小さな思い出のひとつひとつが、春樹にとってはまるでおままごとのように懐かしく、温かいものであった。独りぼっちの家でも、こうして小さな時間を積み重ねることが、彼にとっての日常の充実であり、妻との静かな絆を感じるひとときだったのだ。

ふと空を見上げると、どこからか小鳥の声が聞こえ、春樹は静かに目を閉じた。








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