老人

大根の煮込みと電子レンジ

大根の煮込みと電子レンジ

冷たい風が吹き始め、秋の訪れを感じるころ、70歳の独居老人、隆二は自宅のキッチンに立っていた。彼はひとしきり食材の整理を終え、いざ大根を煮ることに決めた。長年の料理経験から、大根をことこと煮ることに自信を持っていたが、今日は何かが違う気がしていた。

「さて、今日は煮物にしようか」と隆二は呟き、冷蔵庫から大根を取り出した。その大根は、近所の農家から買った新鮮なものだった。隆二は、これを美味しい煮物にするために、しっかりと皮を剥き、適当な大きさに切り分けた。

「これでいいかな」と彼は満足げに言いながら、鍋に水と一緒に大根を入れ、火にかけた。時間を計りながら、彼はこの煮込みが上手くいくことを願った。だが、煮えた大根が透明になるのを期待しているのに、なかなかその気配が見えなかった。

「まだか、まだか」と呟きながら、彼は鍋の蓋を何度も開けては、大根の様子を見ていた。10分、15分と経過するが、大根は全く透明にならず、むしろ硬さが残っている。隆二は少し苛立ちを感じ、「こんなことはなかったのに」と頭をかきながら、再び蓋を閉めた。

そのうち、キッチンには大根を煮る香りが漂い始めた。柔らかな甘さが空気中に広がり、隆二は少し気分が良くなってきた。「よし、これでいい匂いがしてきた」と彼は微笑んだ。

しかし、またしても時間が経ち、ついに20分が過ぎた。煮込みの様子を見てみると、大根は未だに透明にはなっていなかった。「これが年のせいなのか」と思いつつ、隆二は少し不安になった。消し忘れが怖いから、火を止めてしまうことにした。

「どうしよう、もうちょっと煮たいな」と隆二は考えた。すると、ふと思いつくことがあった。彼は電子レンジを使うことにしたのだ。最近、友人から電子レンジで煮物ができると聞いたことがあった。「それなら、火を使う心配もないし、少しだけ楽になるかもしれない」と彼は考え、鍋から大根を取り出して、電子レンジに移した。

「さて、どのくらいの時間でいいのかな」と隆二は設定をしながら考えた。彼は大根の量を見て、適当に10分を設定した。「これで上手くいくかな」と少しドキドキしながら、ボタンを押した。電子レンジが作動し始め、優しい音が響く。

待っている間、隆二は窓の外を見た。秋の空は青く、葉が色づき始めている。季節が移り変わるのを感じながら、彼は自分の料理のことを考えていた。「これが美味しくできれば、少しは食欲が出るかもしれない」と思いながら、心の中で期待を膨らませた。

10分が経つと、電子レンジが止まり、隆二は急いで扉を開けた。立ち上る湯気と共に、柔らかな香りが広がってきた。「いい香りだ」と隆二は微笑みながら、大根を取り出した。フォークで刺してみると、柔らかく煮えているのを確認できた。

「これならいいぞ」と隆二は喜びの声を上げた。彼は味を確かめるために、一口食べてみた。その瞬間、甘さと旨味が口の中に広がり、幸せを感じた。「やっぱり、電子レンジも悪くないな」と心の中で呟きながら、隆二は大根を食べ続けた。

その日、隆二は大根の煮物を楽しみながら、ふと自分の生活を振り返った。年齢を重ねるにつれて、少しずつ料理も簡単な方法を取り入れていることに気づいた。昔は手間をかけて作っていた料理も、今では工夫を凝らしながら楽しんでいる。

「これからも、こうやって新しいことに挑戦していこう」と彼は思った。食卓には、自分が愛情を込めて作った大根の煮物が並び、そこには少しの笑顔が溢れていた。食事の後、隆二は心温まるひとときを楽しむことができた。これからの秋の夜長も、彼にとって特別なものになることを感じていた。