老人

終わりの選択

終わりの選択

秋の深まる頃、都心の喧騒から離れた小さな町に住む大学生、健太は、周囲の友人たちと共に「介護」に関する授業を受けていた。その授業では、高齢化社会が抱える問題や、介護の現状について教えられたが、彼の心の中には複雑な感情が渦巻いていた。

「なんで、俺たちが年寄りの介護をしなきゃいけないんだろう？」友人の一人が呟いた。彼の言葉に、教室は静まり返った。健太も同じ考えを抱えていたが、口に出すことはできなかった。周りを見ると、同じような表情をした仲間たちが何人もいる。高齢者に対する負担感が、彼らの心の中に根を下ろしていることを健太は感じていた。

授業が進むにつれて、健太は更に考えを深めていった。確かに、高齢者の介護は負担が大きい。働きながら、家庭を持ちながら、そして自分の人生を生きる中で、他人の面倒を見なければならないという現実に、強い抵抗感を覚えていた。「それでも、やらなければいけないことなのか？」彼の心の中に疑問が渦巻いた。

ある日、授業の一環で訪れた介護施設での出来事が、彼の思考をさらに揺るがした。施設内は、静けさに包まれ、所々で高齢者がゆっくりと過ごしていた。そこで出会った一人のおばあさんが、彼に話しかけてきた。

「若いのに、どうしてここに来たの？私たちの世代が迷惑をかけていると思っているの？」その言葉は、健太の心に深く突き刺さった。彼は、何も答えられなかった。彼女の目には、懐かしさと同時に、孤独が宿っていた。

帰り道、健太は一緒に帰る友人たちとこの話をした。すると、また同じように意見が分かれた。「介護なんて、自分の人生を犠牲にするだけだろ」と言う者もいれば、「でも、いつかは自分も歳を取るんだから」と反論する者もいた。議論は白熱し、結論には至らなかったが、一つだけはっきりしたことがあった。彼らの中には、「自分が将来介護されるようなことになったら、さっさと死にたい」と考える者もいるということだ。

そんな思いを抱えながらも、健太は安楽死制度について調べ始めた。ネット上には、自分の意思で終わりを選びたいと考える人々の意見が溢れていた。健太の心の中には、「もし自分が介護を受けることになったら、どうするのか？」という疑問が生まれた。介護される側になったとき、自分はどんな選択をするのだろう？

その後、健太は介護についての講義に出席し続けた。講師は高齢者との関わりの重要性について熱く語っていた。「彼らもまた、かつては私たちのような若者だったのです」と言いながら、彼女の目には涙が浮かんでいた。健太は、その瞬間に心の中で何かが動いた。

「年を取ることが、果たしてそんなに悪いことなのだろうか？」彼の心の中で何かが変わり始めた。確かに、今の社会では、高齢者が生活する環境は厳しいものが多い。しかし、それが彼らの存在を無意味にする理由にはならない。彼らの経験や知識、そして人生の物語は、未来を生きる私たちにとって大切なものだ。

健太は、仲間たちにその思いを伝えた。最初は、彼の考えを受け入れられない友人たちもいたが、少しずつ彼の言葉に耳を傾けるようになった。「介護は、単なる負担ではなく、私たちが人生をより豊かにするための一部だ」と語る健太の姿は、周囲に影響を与え始めていた。

ある晩、健太は一人で考え込んでいた。安楽死制度についての議論が続く中、自分の思考が揺れていることに気づく。「死を選ぶことが、本当に解決策なのか？」自問自答するうちに、彼は自分の中の「終わりの選択」という概念を見直すことになった。

高齢者との関わりを深めることで、彼らの持つ知恵や思いを受け取ることができるのではないか。介護は、彼らの人生の一部であり、同時に私たちの未来でもあるのだと。そう考えたとき、健太は心の底から希望を抱くようになった。自分の人生の終わりをどのように選ぶかは、他者との関わりの中で決まるのではないか。

健太は、自分が介護されることになったときには、誰かにその思いを伝えられるようになりたいと思った。彼の思考は、少しずつ変わり始めていた。未来に対する不安が、やがて希望に変わることを願って。