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75歳の夜明け

75歳の夜明け

75歳の誕生日を迎えた吉岡徹は、ベッドに横たわったまま、静かに天井を見上げていた。以前と違い、身体の節々が重く感じられ、眠りから覚めるのに時間がかかる。それでも徹は、今日一日を有意義に過ごす決意を新たにしようとしていた。窓の外では、秋の風が涼しげに木々を揺らし、薄い雲が青空を覆っている。

徹は、かつて東京の大手企業でエンジニアとして働いていた。退職してからも、手先が器用な彼は趣味として木工細工を続け、地元の老人会や文化祭でその作品を展示していた。しかし、最近では手の震えが増してきて、作品作りも思うように進まなくなっていた。「歳を取るとは、こういうことなのか」と、彼は寂しさを感じつつも、心の中で折り合いをつけようとしていた。

その日は、長男の健太が孫の佳奈と一緒に遊びに来る予定だった。徹にとって、家族との時間が何よりも楽しみだった。佳奈が来ると、家の中は一気に明るくなり、彼の心も軽くなる。まだ小学校に通う佳奈は、いつも元気いっぱいで、徹にとってそのエネルギーはかけがえのないものだった。

午前中、徹はリビングで新聞を読みながら、少しばかり心の整理をしていた。彼は自分の人生を振り返り、感謝の気持ちを持つようにしていた。会社を退職し、妻を亡くしてから10年が経ち、一人で暮らす日々が続いていたが、彼にはまだやるべきことがあると信じていた。

そんな時、玄関のチャイムが鳴り響いた。健太と佳奈が到着したのだ。徹はゆっくりと立ち上がり、玄関へ向かった。ドアを開けると、佳奈が満面の笑顔で「おじいちゃん！」と叫び、彼に抱きついた。その瞬間、徹は心から嬉しくなり、自分がまだ家族にとって大切な存在であることを実感した。

リビングに移り、徹は佳奈と話をしながら、彼女が学校で学んだことや友達とのエピソードを聞いていた。彼の老いた耳でも、佳奈の話す声は鮮やかに届き、彼女の言葉に耳を傾ける時間が、徹にとって特別なひとときだった。

午後になると、健太は「父さん、外に散歩に行こうか」と提案した。徹は一瞬躊躇したが、身体を動かすことが大事だと感じて外へ出ることにした。彼らは近くの公園まで歩き、落ち葉が舞う道をゆっくりと進んだ。公園に着くと、徹はベンチに腰を下ろし、健太と佳奈が楽しそうに遊ぶ様子を静かに見守った。

公園の風景を眺めながら、徹はふと、自分がこの世にあとどれだけ残されているのかを考えた。しかし、そうした思いは一瞬で消え去った。「今を楽しむことが大事だ」と彼は自分に言い聞かせた。孫と過ごす時間、そして息子との会話、それが何よりも価値のある瞬間なのだと気付かされた。

夕方、家に戻ると、健太がキッチンで夕食の準備を始めた。普段は一人で簡単な食事を済ませる徹にとって、こうした手料理を家族と一緒に食べることが、どれほど心に温かさをもたらすかは計り知れない。佳奈も健太の手伝いをし、みんなでテーブルを囲んで食事をする時間は、徹にとってまさに至福の時だった。

食後、健太と佳奈が帰る準備をし始めると、徹は少し寂しさを感じたが、それと同時に感謝の気持ちで満たされていた。「またすぐに来るよ」と健太が言い、佳奈も「またね、おじいちゃん！」と手を振った。玄関のドアが閉まると、徹は深く息をつき、静かな家に戻った。

その夜、ベッドに横たわりながら、徹は自分の人生がまだまだ続くことを信じていた。確かに、身体の衰えや健康の不安はあったが、それでも彼には大切な家族がいる。そして、まだ見つけていない新たな楽しみや挑戦があるかもしれないと考えた。

「75歳。まだまだこれからだ」と彼は心の中で呟いた。これからの人生、彼は一日一日を大切に生き、愛する人たちとの時間をさらに大切にすることを決めた。