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雑草の名

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雑草の名

夕暮れ時、夏の終わりの風が心地よく頬をなでる。町のはずれにある小さな公園には、毎日のように訪れる老人がいた。70歳を過ぎたその男性の名は田中清一。退職してからの彼の日課は、散歩と植物の観察だった。もともと自然が好きで、若い頃から登山やハイキングを楽しんでいた清一は、植物図鑑を片手に公園の草花を眺めることを習慣としていた。

今日も清一は、いつものように小さなスケッチブックと図鑑を持って公園を歩いていた。足元に目をやると、そこには見慣れた雑草たちが群生している。イヌタデ、エノコグサ、タチスズメノヒエ、カヤツリグサ…どれも道端や公園の片隅で見かける、何の変哲もない雑草だ。けれども清一にとっては、その一つひとつが名前を持ち、物語を抱えているように見えた。

「雑草にだって名前があるんだ。昔の人の観察力ってすごいよなぁ。」

清一は独り言をつぶやきながら、イヌタデの赤い穂を指で撫でた。イヌタデは一見、ただの雑草に過ぎないように見えるが、清一はその小さな花が可愛らしく思えた。雑草という言葉には、時にネガティブなニュアンスがある。しかし、清一はその生命力やひたむきさに心を打たれていたのだ。

公園の隅に目をやると、小学生くらいの少年が何かを熱心に覗き込んでいるのが見えた。少年は一心不乱に土を掘り返していた。清一は興味をそそられ、少年に声をかけてみることにした。

「何をしているんだい?」

少年は驚いて顔を上げ、少し恥ずかしそうに答えた。「あ、こんにちは。虫を探してるんです。」

「虫か。君も自然が好きなんだね。何の虫を探してるの?」

「セミの幼虫です。もうすぐ羽化するんじゃないかって思って。」

清一は少年の真剣な顔つきを見て、自分が子供だった頃のことを思い出した。昆虫採集や植物の観察が好きだった自分も、今の少年と同じように自然に夢中になっていたのだ。

「セミの幼虫か。それならこの辺りだと、木の根元とかがいいかもしれないね。ちょっと手伝おうか?」

清一は少年と一緒に木の根元を掘り返しながら、植物の名前を教えていった。「ほら、これがイヌタデ。赤い穂が特徴でね。触ると柔らかいんだ。あとは、これがエノコグサ。猫じゃらしって呼ばれることもあるよね。」

少年は目を輝かせながら清一の話を聞き、時折「あ、知ってる!」と声を上げた。清一はそんな少年の反応が嬉しくて、さらに話を続けた。道端に生えている雑草にも、しっかりとした名前があることを少年に伝えたかったのだ。

「雑草っていう言葉、実はちょっともったいないんだよ。どの草花も名前があってね。昔の人たちはそれを一つひとつ見つけて、名前を付けていったんだ。すごいことだと思わないかい?」

少年は頷きながら、「うん、すごいね。でも、どうしてそんなにたくさんの名前があるの?」と尋ねた。清一はしばらく考えてから答えた。

「それはね、きっと一つひとつが特別だからだよ。同じように見えても、少しずつ違うんだ。その違いを見つけることができるのは、きっと君みたいに興味を持って見る人なんだよ。」

その言葉に、少年は少し考え込んだ様子を見せた。すると、突然笑顔になって「なんだか、すごく楽しい!」と声を弾ませた。清一はその笑顔に励まされ、ますます自然の魅力を伝えることに力を入れた。

やがて、少年は地面の中からセミの幼虫を見つけ出した。「あった!」と嬉しそうに叫ぶ少年に、清一はにっこりと微笑んだ。その幼虫を手に持ちながら、少年はさらに清一に質問をした。

「ねえ、おじさん。セミって、どうしてこんなにたくさんの種類がいるのかな?」

清一は少し驚きながらも、ゆっくりと答えた。「それはね、セミだけじゃなくて、草も花も、みんな違う環境で育っているからだよ。自分に合った場所で、精一杯生きているんだ。だから、種類が増えるんだよ。」

少年はその説明を聞いて、さらに興味を深めたようだった。「そうなんだ。じゃあ、これからもいろんな虫や植物を探してみよう!」

清一は少年の積極的な姿勢に、かつての自分の面影を見た気がした。そして、自分が年を重ねてもなお、このように自然に興味を持ち続けていることが誇らしく思えた。

公園のベンチに座り、少年と一緒に観察した植物や虫たちをスケッチしながら、清一はふと考えた。古の人々が、目の前の小さな生き物たちに名前を付け、記録してきたその行為には、何か深い敬意や愛情があったのだろう。彼らはただの草と見なすことなく、それぞれの存在を認め、価値を見出していたのだ。

少年が帰る時間になり、清一は「今日はありがとう。また一緒に観察しよう」と声をかけた。少年は嬉しそうに「うん!」と答え、駆け出していった。

清一はその後も、公園で雑草の観察を続けた。イヌタデも、エノコグサも、タチスズメノヒエも、カヤツリグサも、すべてが特別な存在に思えた。雑草と呼ばれるそれらの草花にさえ、ちゃんと名前があるということ。清一はその事実に改めて感銘を受け、観察力や注意力を持ってこの世界を見つめることの大切さを実感したのだった。










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