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春秋花壇

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見当識障害

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見当識障害

七十歳の藤井雅子は、一人暮らしを続けていた。夫は十年前に亡くなり、子供たちは皆独立して遠くに住んでいる。雅子の生活は、静かな毎日の繰り返しだった。しかし、最近の雅子には変化が現れ始めていた。

ある日、雅子は自宅の台所で朝食を作っていた。ふと気が付くと、自分が何をしているのか分からなくなっていた。「ここはどこ?」と独り言を呟きながら、キッチンの周りを見渡す。見慣れたはずの家の中が、急に他人の家のように感じられた。パニックになりそうな心を落ち着かせるために、雅子は椅子に腰掛けた。

数分後、雅子は少しずつ自分のいる場所を思い出し始めた。「そうだ、ここは私の家。私は藤井雅子。今日は月曜日で、息子の翔太が夕方に電話をくれる日だ。」と、頭の中で確認するように言葉を繰り返した。

しかし、この見当識障害は一時的なものではなかった。それから数週間、雅子は自分がどこにいるのか、何をしているのかが分からなくなることが増えていった。ある日、雅子はスーパーに買い物に出かけたが、帰り道が分からなくなってしまった。道端に座り込み、涙を流しながら「どうしてこんなことに?」と呟いた。

通りすがりの若い女性が雅子の様子に気付き、声を掛けた。「大丈夫ですか?迷子になってしまったんですか?」雅子は混乱しながらも、「家に帰れないの。」と答えた。その女性は警察に連絡し、雅子は無事に自宅に送り届けられたが、これがきっかけで雅子の家族に事態の深刻さが知られることとなった。

雅子の息子、翔太は母の状況を知って驚き、すぐに訪問することにした。翔太は母の家に到着すると、彼女の生活の様子を注意深く観察した。「母さん、最近どうしたの?何か困ったことがあったら言ってほしい。」と優しく問いかけた。

雅子は最初は困惑していたが、次第に心を開き始めた。「翔太、私、時々自分がどこにいるのか分からなくなるの。とても怖いのよ。」涙を浮かべながら告白する雅子を見て、翔太は胸が締め付けられるような思いだった。

翔太はすぐに地域の医療機関に相談し、雅子の見当識障害について専門家の診断を受けることにした。診断の結果、雅子は軽度の認知症を患っていることが判明した。翔太は専門家の助言を受け、雅子が安全に生活できるようサポート体制を整えることを決意した。

翔太は定期的に母の家を訪れるようになり、週に一度は一緒に買い物に行くことにした。また、雅子の家には見守りセンサーを設置し、何かあったときにすぐに気付けるようにした。地域のケアサービスも利用し、専門のスタッフが定期的に訪問して雅子の生活をサポートする体制を整えた。

雅子も最初は自分が他人の助けを必要とすることに戸惑いを感じていたが、次第に受け入れるようになった。ケアスタッフとの会話や、翔太との買い物時間は、雅子にとって楽しみとなり、心の支えになっていった。

時が経つにつれ、雅子の見当識障害は完全に治ることはなかったが、サポートを受けながら穏やかに過ごせるようになった。彼女は家族や地域の人々の助けを借りながら、再び自分の人生を取り戻すことができたのだ。

雅子は一人ではなかった。彼女には支えてくれる家族があり、見守ってくれる地域があった。そのことが、彼女の心に大きな安心感をもたらした。雅子は今、少しずつでも毎日を大切に生きることの喜びを感じながら、日々を過ごしている。








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