老人

記憶の欠片：消えゆく日常

記憶の迷宮
忘却の霧が立ちこめる
心の奥底、静寂の海
昨日の夢も、未来の希望も
ぼんやりとした影に溶け込む

かすかな声が響く
かつての喜び、愛の囁き
でもその姿は、もう手に届かない
記憶の扉は固く閉ざされる

毎日の瞬間が新たな冒険
顔なじみの風景さえも異国の地
心は迷子、過去のかけらを探して
見知らぬ場所で新たな足跡を刻む

忘れることの痛みは深く
だが、新しい記憶もまた生まれる
今ここで感じる温もりや微笑みが
新たな希望の光となる

記憶の迷宮に囚われながらも
一歩ずつ前へと進む
今日という日が輝く瞬間に
心を開き、新たな記憶を刻もう


記憶の欠片：消えゆく日常

2024年7月、東京郊外の閑静な住宅街。 70歳の佐藤美代子は、一人暮らしをしている。

美代子は、近年、記憶障害を患い始めていた。特に、昼間の記憶が曖昧になり、自分が何をしたのか、何を食べたのかさえ思い出せないことが多くなっていた。

この日も、美代子は昼食を終えたはずなのに、全く記憶がない。

「今日は3回目のご飯だね」

と娘の真由美が言うと、

「え？ もうそんなに食べたの？」

と美代子は戸惑うばかりだった。

「訪問看護が来る前に一度、イカの塩辛とのりの佃煮、めかぶで食べたよ。

その次は、半チャーハンと鮭ときゅうりとわかめのサラダで食べたよ。

で、今が冷凍さいころステーキと野菜炒めとごはん少し」

「そんなに食べたんだー?」

「うん、毎回、調理する人を尊敬します。滝汗とか言ってたよ」

「そういえばそうねーー」

母は、自分で作っているのにそれも忘れてしまうのだろうか?

こんな状態でガスを使ってて大丈夫なのだろうか?

電磁調理器と鍋とやかんがあるのに、母は使おうともしないで箱の中に入ったままにしてる。

今度、ケアマネさんに相談してみよう。

精神科には毎月通っているのだが、

新しい主治医とうまくインフォームド・コンセントが取れないようで

この前の水曜日は言い合いになったらしく悲しそうな顔をしていた。

真由美は、母親の記憶障害が進行していることを心配していた。医師からは、認知症の可能性も指摘されていたのだ。

真由美は、母親に何かあったらどうしようという不安を募らせていた。しかし、母親はいつも明るく前向きで、自分の状態を気にしている様子はなかった。

その日、真由美は母親と一緒に午後の散歩に出かけた。公園でベンチに座っていると、美代子は突然、「あの子、誰だったっけ？」と尋ねた。

真由美が指差した先には、小さな女の子が遊んでいた。美代子は、その女の子を初めて見たような表情をしていた。

真由美は、母親の記憶がどんどん失われていくことを実感した。そして、母親がいつの日か、自分たちのことも忘れてしまうのではないかと恐ろしくなった。

しかし、真由美はすぐに気持ちを切り替えた。母親と過ごす時間は限られている。だから、今この瞬間を大切にしよう。

真由美は、母親の手を握り、優しく微笑んだ。

「大丈夫よ、お母さん。私がいつもそばにいるから」

真由美の言葉に、美代子は安心したように顔をほころばせた。

二人は、夕暮れまで公園で語り合い、笑い合った。その時間は、美代子にとってかけがえのない宝物となった。

家に帰ると、真由美は母親のために夕食を用意した。美代子は、娘の手料理を喜んで食べた。

「今日は本当に楽しかったね」

美代子は、真由美に感謝の言葉を述べた。

真由美は、母親の笑顔を見て、心が温くなった。母親の記憶は失われていくかもしれない。しかし、二人の絆は決して消えない。

真由美は、母親との時間を大切にしながら、一日一日を過ごしていくことを決意した。

この小説は、記憶障害という残酷な病と向き合いながらも、家族の絆の大切さを描いた作品である。

記憶を失っても、愛する人との繋がりは永遠に続く。このメッセージは、多くの人々に勇気を与えてくれるだろう。