老人

自信

自信とは、
「自分は誰よりも優れている」
と思うことじゃなく
「誰とも比べる必要はない」
と思うことです　


自信

高級老人ホーム「桜の丘」の一室で、窓辺に座る老人がいた。彼の名前は田中信一郎。元々は成功した実業家であり、今やこの静かな場所で余生を送っていた。彼の目は遠くを見つめ、時折溜め息をつく。

「信一郎さん、何かお悩みですか？」看護師の橋本が声をかけると、彼は微笑みながら頷いた。

「いや、悩んでいるわけではない。ただ、考え事をしているだけさ。」

橋本は不思議そうな顔をして訊ねた。「どんなことを考えているんですか？」

信一郎は少し考えた後、「自信についてだ」と答えた。

田中信一郎は若い頃から自信家だった。どんな困難があっても、彼は自分の力で乗り越えてきた。成功したビジネスマンとして、多くの人々から尊敬され、憧れられていた。しかし、歳を重ねるにつれて、自信とは何かを見つめ直す時がやってきた。

「自分は誰よりも優れている」と思うことが自信か？それとも、「誰とも比べる必要はない」と思うことが自信なのか？信一郎は自問する。桜の丘で過ごす日々の中で、彼は新たな見解を得ることになるだろうか。

ある日、信一郎はホームの庭園で散歩をしていた。そこで偶然、若い看護師の鈴木と出会った。彼女はいつも笑顔で、住人たちに親切に接していた。

「鈴木さん、お疲れ様です。いつもありがとうございます」と信一郎が声をかけると、彼女は軽く頭を下げた。

「田中さん、おはようございます。いえいえ、こちらこそ、いつもお世話になっています」と鈴木はにこやかに答えた。

信一郎は彼女の態度に感心しながら、少し談笑をした後に別れた。そのとき、ふと彼女の言葉が頭から離れなかった。「いつも誰かと比べる必要はない」という言葉が。

帰宅後、信一郎は自分の部屋で静かに考え込んだ。鈴木の言葉がなぜ心に響いたのか、それは彼が長年抱えてきた「優越感」という名の自信と向き合うきっかけになったからだ。

「誰とも比べる必要はない」という言葉は、一見すると自己満足に聞こえるかもしれない。しかし、信一郎はその言葉に込められた深い意味を理解した。自分の価値を他人と比べることで確認するのではなく、自分自身がどれだけ成長し、どれだけの喜びを感じているかに意識を向けること。それが本当の自信なのではないかと。

その後も、信一郎は日々を大切に過ごした。彼は時折他の住人たちと交流し、彼らの話を聞くことで新しい価値観を学んだ。自分が過去に得た成功や地位に囚われず、今を生きることの大切さを実感したのだ。

そしてある日、信一郎はホームのラウンジでギターを弾く住人に出会った。彼は心から音楽を楽しんでおり、誰かと競うわけでもなく、ただ自分の喜びのために演奏していた。

その姿を見て、信一郎は自分自身に問いかけた。「私も何かを楽しむためにできることはあるだろうか？」

その問いかけが彼の心に響いた瞬間、信一郎は自分の中で新たな自信を見つけた。それは過去の栄光に頼るのではなく、今この瞬間に価値を見出すこと。自分自身と向き合い、他人との競争や評価に囚われることなく、ただ心から楽しむことのできることを追求すること。

桜の丘での日々が、信一郎にとって自信の再定義と成長の場となった。彼は静かに笑みを浮かべ、新たな道を歩み始めたのである。